わたしとKさんが初めて会ったのは、確か息子(10)がまだ2歳ぐらいのころだったと思う。
当時、息子を抱っこしながらバスを待っていたら、バス停でわたしと同じようにお子さんを抱っこしていた女の人に「お子さん、今おいくつですか?」と話しかけられた。それがKさんだった。Kさんは、息子よりも1歳上の男の子を抱っこしていた。軽く話して、バスが来たのでお別れを言おうと思ったら、なんと同じバスだった。せっかくなのでバスの中でも喋っていたら、降りるバス停も同じだった。
え、ご近所さんやったん?と、お互いに驚いた。わたしが勇気を出して連絡先を聞く前に「連絡先交換しませんか?今度、おうちのポストにわたしの連絡先を入れておくので、もしよかったら返信ください」と、彼女が言ってくれて、後日、本当にポストに連絡先が書かれたお手紙が入っていた。そこには、わたしとお友達になりたいこと、でも、無理には返信はしなくてもいいことが書かれていた。
ちょうど、その少し前に、別のママ友からサプリを売りつけられそうになって(わたしはあのママ友にとって、友達じゃなくてお客さんやったんや...)と、ひどく落ち込む経験をしていたわたしは、新しい出会いに臆病にはなっていたけど、Kさんの感じの良さと押し付けない距離感がとてもよくて、すぐに返事を送った。
そこから、たびたびお茶をしたり、お互いの家を行き来するようになった。子どもの年齢も、通っている幼稚園も異なるKさんとの関係は、話題も視点も新しくて、いつしか二人でいろんな話をするようになった。当時の他のママ友とは話す機会もなかった深い話をたくさんたくさんした。
あれは、Kさんと出会って3年ほどが過ぎた日のことだった。
突如「話したいことがある」と、LINEが届いた。なんやろ?と思った直後「ごめんなさい、やっぱり大丈夫。なんでもない」と、届いた。嫌な予感がした。「とりあえず明日会おう。会ってから話すのやめるってなってもそれ以上聞かへんから」どうか、この勘が外れていますように、と、願いながら返信すると「ありがとう」と、返ってきた。
翌日会うと、やっぱりわたしの勘が当たってしまっていた。Kさんの体に病気が見つかった。そこから、Kさんはあらゆる病院を駆け巡った。当時、わたしの母の友人も同じ病気を患っていたので、通っている病院を聞いて伝えたりした。わたしにはそれくらいしかできなかった。その他は、Kさんが望まない限り、何もできない自分が情けなかった。
しばらく時が経ち、Kさんから手術がうまくいって退院している報せが入り、久しぶりに会うことができた。彼女はとても元気になっていた。自然と病気以外のことをたくさん喋った。たくさん喋ってたくさん泣いた。
「わたしたち会ったらいつも泣いてない?」
「泣いてるけど、そのあと笑ってるからいいねん」
夜、夫にMさんとの会話を聞かせたら「ソウルメイトって、多分Kさんのことを言うんやろうな」と、言われた。そうか、そうかもな、と思った。少なくともわたしにとってはそうだと思った。
病気を乗り越えたあとの彼女は、元々持っていた資格を活かして本格的に働き始めた。それはKさんがしたいと思っていたお仕事だった。わたし以外のお友達もたくさんできて、とても楽しそうだった。
よかった、と、思ったのと同時に、ふと、これ以上わたしと一緒にいたら、彼女はいつまでも病気でつらかった日々のことを思い出してしまうんじゃないか、と、思った。今、彼女の周りにいるお友達は、ご病気だったことを知らない。わたしがいない方が、Kさんは明るく生きられるんじゃないのか。
一度その考えがあたまに浮かぶと、そうとしか思えなくなった。あの日、彼女の家のリビングで、病名を聞いて二人で泣いたことが、影の記憶となって苦しめていたらどうしよう。わたしを見るたびに、つらい記憶が蘇っていたらどうしよう。
そう思って、わたしは自分からは連絡を取らないようにした。
時々自転車でKさんの家のそばを通る時は、必ず「いつまでも元気でいますように」と、心の中で祈った。彼女が乗る車と同じ車種の車を見るたびに「どうか、どうか、元気で楽しく暮らしていますように」と、いつも想っていた。
さて、月日は過ぎ、つい先日のこと。
息子(10)の定期健診で訪れた病院の待合室で本を読んでいたら「〇〇さん」と、穏やかな声があたまの上から聞こえた。顔を上げるとそこにKさんがニコニコした顔で立っていた。とても元気そうだった。わたしの大好きな彼女のままだった。
Kさんは言った。携帯を落としてしまって、LINEの前のIDが使えず連絡が取れなくなって、ずっと気になっていた、と。「この病院も〇〇さんに教えてもらったから、ここに来るたびに元気かなーって思ってたよ」と、言ってくれた。それと、時々車の中からわたしを見かけて元気そうでよかった、と思ってくれていたことも話してくれた。わたしたちはお互いに想い合っていたらしい。
もちろん、わたしが距離を取った理由を彼女は知らない。でも、と思った。でも、Kさんから話しかけてくれたということは、わたしは彼女のそばにいてもいいのかも知れない。もしかしたら、わたしの思った通りだったけど、今はもう乗り越えたのかも知れない。思い切ってLINEを聞こうとしたら、彼女が言った。
「また、わたしの連絡先をおうちのポストに入れておいてもいい?」
あの時みたいに。最初に出会った時、わたしたちがお友達になった時のように。

いつかのドライブの時に撮った写真