中学生になってから、息子(13)は携帯でゲームをよくしている。
主にオンラインで遊べるゲームで、中学生になって出来た新しいお友達とそれぞれの家から、休日でも夜でも一緒にオンライン上でプレイをできるため、あっという間に息子に生活の中になくてはならないものになった。
夫もわたしもゲームをするため、それが楽しいことはよくわかるし、ゲーム=悪などといった考えは一切持っていない。オンラインゲームもマナーを守って楽しめばいいだけなので、楽しそうで何よりだと最初は思っていた。
ところが、中学一年生の中盤から息子の成績がみるみるうちに下がってしまった。ふと、一日どれくらいプレイしているのか確認をすると、学校がある日も毎日3時間以上はしているようだった。息子は大体毎日19時前に帰ってきて23時頃に寝るので、これではほぼ勉強に時間を割けておらず、成績が下がった原因は明らかだった。ちなみに、このゲームの1回のプレイ時間は数分ととても短いため、ちょこちょこと細切れでプレイをするからこそ時間の感覚が麻痺してしまうようだ。
このままではよくない、と、わたしと夫と息子の3人で話し合い、息子の携帯に新たにブロックアプリを入れて、ゲームのアプリに平日は1時間、土日は1時間半でロックがかかるように設定をすることにした。
さて、先日、中学校で三者面談があり、低空飛行を続けている息子の成績について担任の先生より進路についてのお話があった。平たく言うとこのまま成績が落ち続けると高校には行けないぞ、というお話である。息子は隣で真剣な顔をして聞いていたけれど、一体どこまで響いているのだろう、と、わたしは思った。
そして、ふと「この子、ゲーム時間ほんまに守ってんのかな?」と、思った。ブロックアプリを入れてから1年ほど経っていたけれど、その間わたしたちは息子のことを信用していたのもあって、確認はしていなかった。
このブロックアプリは、わたしも使って試したけれど、やはり抜け道はあって一時的なロック解除はできてしまう。けれど、息子の性格上それはしないだろうと思っていた。正直な息子はそんなことをしない、と、思って信じていた。
その日の夜「ちょっと携帯見せてくれる?」と、息子に言うと警戒した。息子はLINEを見られると思ったらしい。普段、わたしたちは年頃の息子のプライバシーに干渉しないように努めているので「そんなもん見るわけないやろ、ゲームの時間守ってるかだけ確認したいねん」と、話すと「1時間しかしてないって」と、気だるそうに携帯を渡して「おなかがいたい」と、言いながらトイレにこもった。
息子の携帯を確認すると、今日も昨日もおとといも、プレイ時間は3時間から5時間と出てくる。おいおい、どうなってんだ?でも、プレイはしていなくてもバックグラウンドで動いている時間も換算されてしまうと、以前息子がぼやいていたことがあった。いやいや、まてよ。そもそも1時間でロックされるようにしているはずだから、バックグラウンドでも1時間以上は動かないはずじゃないのか…?
震える手で、ブロックアプリを開いた。すると、日に何度もロックが解除されている履歴が出てきた。やってるやん、勝手に、毎日ロック解除してるやん…。
ショックからなのか怒りからなのか、じわじわ涙が出てきたけれど、これから息子を叱らないといけないのだ。わたしはぐっと我慢した。そばにいた夫に「あかんわ」と言って証拠を見せて「わたしが話を聞くから、怒るのはちょっと待ってくれる?」と頼んだ。
息子がトイレから戻ってきた。ブロックアプリの解除のことは話さずに、まずは1日のプレイ時間が1時間以上になっていることについての説明を求めた。息子は何食わぬ顔で「えー、1時間しか遊んでへんねんけどなあ?」と、言った。
わたしは、隣にいる息子が急に知らない人に見えてきた。そうか、この子はこんなに上手に嘘を言えるようになったのか。
ブロックアプリを解除している画面を見せると、息子はぎゅっと目をつぶって「解除してた、ごめん」と、言った。でも、その「ごめん」はもう何の意味も成さなかった。嘘のあとのごめんは、意味がない。
設定した時間が短いなら、相談して欲しかった。何もわたしたちだけで決めた設定時間ではないのだ。1年生の時とは状況や友人関係も変わったのだろうし、言ってくれれば設定時間を変えたのに。息子にそう告げたら「どうせあかんって言われると思った」と答えた。結局、この約1年もの間、息子はずっとこっそりブロックアプリを解除し続けていたという。
今、わたしは息子とどう接していいかわからない。これまでだっていろんなことはあったけれど、どう接していいかわからないのは初めてのことだった。
13年も一緒にいて、わたしたちが育てた息子は、いつの間にか、わたしたちの知らない息子になっていた。実のところ、ついた嘘は大したことじゃない。ただ、ゲームがしたいだけだった。ただ、それだけのこと。
だけど、わたしは、あの時の「えー、1時間しか遊んでへんねんけどなあ?」と、言った白々しい息子の顔と声が忘れられない。
それから、わたしは息子が幼かったころの写真を眺めては泣いて、どうしたものかなあ?と、ぐるぐると悩んでいる。
大したことじゃない、だけど、とても、悲しい。

後日、反省した息子が「ずっと騙してごめん」と、泣きながら謝った。わたしも、夫も泣いた。
落ち着いてから、中学の帰り道に近所の和菓子屋さんで買った松露を持ってきた。なぜ3つなのかと尋ねたらお金が足りなかったらしい。普段からもうちょっと入れておきなさいよ。夏は売ってなかった松露が、またあの和菓子屋さんに並び始めたんやね、と、季節の移ろいを感じた。
やってしまったことは仕方がない、繰り返さなければいいだけだ、と、わたしは今回のことを水に流して再び動くことにした。子育てはむずかしいけど、やるしかないのだから。

これもいつか笑い話になるのだろうか