わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。覚えておきたい出来事やお出かけの記録、おいしいものについてもよく書きます。

秋になると思い出すこと

 

今日は秋になると思い出す、ある人のことを書き記しておきたいと思う。秋になると思い出す、というか、ふとした時にいつも思い出しているが、わたしはその団地で過ごす秋が大好きだったので、この季節になると思い出が色濃く蘇るのかも知れない。

 

わたしが昔住んでいた団地の同じ棟の別の階に、おばあちゃんと、おじさんと、お孫さんの3人家族が住んでいた一室があった。わたしが小学1年生のころ、その家のお孫さんは中学生のお兄ちゃんだったと思う。その家のお兄ちゃんともおじさんとも喋った記憶は一切ないが、なぜかその家のおばあちゃんがわたしのことをとても可愛がってくれた。

「◯◯ちゃん」と、わたしの名を呼び、まるで本当のおばあちゃんのようだった。

いつも思い出すのは、そのおばあちゃんの家の台所のテーブルの椅子に座って、ごぼうのささがきを作っているのを、隣の椅子に座ってずっと見ていたことだ。テーブルの上のボウルの水の中に落ちていく薄いごぼうといい香り。お兄ちゃんが貯めているという「30万円が貯まる貯金箱」を持たせてもらって、それをジャラジャラ振りながら「これほんまに30万も貯まるん?」と、おばあちゃんに尋ねると「どうやろうねえ」と、ニコニコ答えてくれた瞬間や、夕日が差し込むリビングの床に座っておばあちゃんと2人きりであんぱんを食べたこと。わたしは幼いころ食が細く、ましてや夕食前のあの時間にあんぱんなんて食べ切れたわけがないのに「なんで、おばあちゃんと食べたら、こんなにペロッと食べられるんやろ?」と、不思議に思ったからよく覚えている。

 

わたしの家族は親戚付き合いが薄く、よく会うのは母の妹である叔母だけだった。

父方のおばあちゃんはわたしが2歳のころに亡くなってしまっていて、おじいちゃんや父の姉とは縁が切れていた。母方のおじいちゃんも病気がちでその後亡くなり、残っているのはおばあちゃんだけだったが、家に遊びに行くと、まず床の拭き掃除や庭の掃除をさせられたり、「果物はあの店、肉はあの店」と家に着くなり用意されていたメモを手に母と共に歩いてあちこち買い物に行かされたりと、孫として可愛がられたというより、無料のお手伝いさんのように扱われた記憶の方が強い。

そのため、団地のおばあちゃんはわたしを無条件に可愛がってくれる唯一の温かい存在だった。

ある日の昼、団地の別の階で火事が起きた。

家にいた母と弟とともに慌てて外に逃げると「〇〇ちゃん!!」と、何よりもまずわたしを探すおばあちゃんの姿があった。同じ団地に住んでいた叔母もわたしたちを探していたが、わたしは母から離れておばあちゃんに駆け寄ったことも覚えている。

 

今でもあのおばあちゃんはなぜわたしのことをそんなに可愛がってくれていたのか、わからない。父や母がおばあちゃんにお世話になったという話も聞いたことがないし、なんだったらわたしの4つ下の弟とは一切関わっていないはずだ。なぜだろう。とにかくとても可愛がってくれた。薄情なものでお名前はすっかり忘れてしまったが、お顔はまだ覚えている。

 

わたしが小学3年生になったある日、1人で留守番をしていると玄関のチャイムが鳴った。そのころ、わたしが住む団地では、留守中の子どもを狙って家に押し入ろうとする変質者がいて騒ぎになっていた。そっと覗き穴を覗くとあのおばあちゃんだった。すぐに開けたかったけど、母から「いくら知ってる人でも絶対に1人の時にドアを開けるな」と、言われていたので、迷って迷ってあとで怒られるのが嫌で、開けられなかった。

その後帰宅した母が「ポストに入ってたで」と言って封筒を渡してきた。中を開けるとピカピカキラキラのボタンが入っていた。おばあちゃんはこのボタンを持って来てくれたのだった。なぜかそのあとお礼を言いそびれてしまい、それからしばらくしたのち母からおばあちゃんが団地から引っ越して行ったことを知らされた。

母曰く、おじさんは再婚をしたが、そのお嫁さんとおばあちゃんが合わなかったらしい。今までおばあちゃん、おじさん、お兄ちゃんで住んでいた家は、おじさん、おばさん、お兄ちゃんの3人で住むことになり、おばあちゃんだけが出て行くことになった、と。母に連絡先を尋ねたが、母はそこまでは聞いてない、と言った。そういえば、母にはおばあちゃんの家に1人で行っていたことを話してなかったかも知れない。

今まで喋ったことのないお兄ちゃんやおじさんに聞いてみようと思った。2人と話したことはなかったけど、事情を言えば行き先くらいは教えてくれるだろう。そう思って、おばあちゃんの家の前まで行ったが、おばあちゃんがいなくなった家は、ドアの外からでも雰囲気がガラリと変わっているのが伝わってきて、チャイムを押す勇気がどうしても出なかった。

それ以来、おばあちゃんに二度と会うことは出来なかった。

 

それからわたしは、ずっと後悔している。

あの日ドアを開けなかったことを。ありがとうとさよならを言えなかったことを。おばあちゃんがわたしのことを思って持ってきてくれたボタンを直接受け取れなかったことを。

ずっと後悔しながら、何度もおばあちゃんのことを思い出しているのだった。

f:id:zfinchyan:20241016222556j:image

おばあちゃんのボタン

家にあったピンを使ってブローチにして使ったけど

もし落としたらと思うと怖くて、結局ずっと家にしまってある