もしも海外に行くとしたら、出発までに日本で何を食べてから行きたいだろうか。わたしならば、と考えつくのは、やはりお寿司や冷たいおそばあたり。とは言え、よっぽど不便な土地以外、最近では世界中のあちこちでお寿司やおそばなんて簡単に食べられるのだろう。それでも、お値段も安心で安全な生魚や、しゃきっと香り高いつるつるのおそばは、日本で食べてこそ美味しい気がするし、やはりそれらこそが日本の味だと思うからだ。
こんなことを書き始めたのは、最近息子(14)が海外へと飛び立ったからである。夏休みの一部を利用したホームステイのため数週間と期間は短いものの、息子は海外へ行ってしまった。
もちろんこれは、息子にとってもわたしたち家族にとっても一大イベントであり、出発日が近づくにつれて多忙を極めることになった。やってもやっても終わらない準備によるバタバタと、行ってしまう息子のための食べ納めのバタバタである。
やはり海外に行く前には息子の大好きなお寿司だろう、ということで、回転寿司には2回食べに行った。息子たちが大好きなさとしゃぶの食べ放題にも行ったし、王将の餃子も食べた。さらには、息子の大好きなラーメンは、みそきんのカップラーメンと、キラメキノトリと、天下一品と、とにかくあらゆる好物を食べさせた。

家では、夫が息子のために料理を何度か作った。ピリ辛チキンや、スペアリブ。これらは夫が作るものの中で息子が大好きなメニューである。


わたしも、ハンバーグ、焼きそば、お好み焼き、ピーマンの肉詰め、生姜焼き、オムライス、ホットドッグ、などと、息子の好物をこの夏休み中は昼も夜も作り続けた。
さらに出発の数日前、夫と息子たちは3人で材料を買いに行き、カレーを作った。普段の食事を作るわたしにとって、カレーとは、切って炒めて煮込むだけの簡単なものだけど、夫と息子たちは狭い台所で何やら終始騒がしく賑やかに作り、とても楽しそうだった。
完成したそれを、みんなで「美味しい、美味しい」と言いながらペロリと平らげて、あっという間に鍋が空っぽになってしまったほどだった。

そんな風にバタバタと過ごしているうちに、いよいよ、息子の出発日が明日という日がやってきた。わたしは息子に尋ねた。「もう食べ尽くしたやろうけど、なんか食べておきたいものはある?」息子はしばし考えてから「カレー」と答えた。「いやいや、この前食べたやん」と、思わず返すと、息子は言った。「お母さんが作ったやつが食べたいねん」
わたしの作るものも、夫が作ったものも、同じバーモントカレーの甘口のルーで出来ている。だから、一緒の味やと思うで、と言うと「同じじゃない」と、息子は言った。
そう言われたら作るしかない。出発前日の夜ごはんは、リクエスト通りカレーを作ることにした。いつものようにじっくり炒めたたっぷりの薄切り玉ねぎを、予めレンジで熱を通しておいた乱切りの人参と一緒に鍋で中火で40分ほど煮込んだら、別のフライパンでさっと粗挽きの黒胡椒と一緒に炒めておいた牛肉の切り落としを加える。この日のお肉は、奮発していつもよりちょっとだけいいお肉にした。鍋の中でお肉が馴染んだら、ルーを軽く砕いて入れて、弱火でコトコト煮たら完成。なんの工夫も隠し味すらもない、ルーに頼りきりのカレーである。
夫の血圧が高かった頃は、トマト缶を使ってルーを減らして作るなど工夫をしていたけれど、息子たちとその料理の原因である夫からも不評だったため、最近は普通のカレーに落ち着いている。また、我が家のカレーに入れるお野菜は毎回ほぼ玉ねぎと人参のみ。と言うのも、息子たちがカレーに入っているじゃがいもがあまり好きではないからだ。わたしはじゃがいもが好きなので、たまに入れることもあるけれど、この日は息子(14)のためのものなので入れないことにした。

出来上がったカレーを見て息子はパッと顔を輝かせて「うまそ」と、呟いた。夫が作ったものと同じ味やと思うねんけどな…と思いつつ、スプーンで大きな一口をパクッと食べた息子を見ると「やっぱり美味しいわ、ちょっとちがうねん」と、目をキラキラさせて言った。わたしも食べてみたけれど、カレーはカレーだ。同じ味のように思う。それに、いつどこで食べてもカレーとは大体美味しいものだ。
そう言うと「全然ちがう。お母さんのカレーの味がする」なるほど、お母さんの味か。まあ、そりゃそうか。わたしはこれをずっと作って、息子はこれをずっと食べてきたのだしな。反抗期に入ったり出たりといつもはブスッとして単語でしか会話をしない息子が、スプーンを口に運び目を閉じて味わい「うますぎるやろ」と、ひとりごとにしては大きすぎる声で言った。今思えば、あれはわざと大きな声で言ってくれたのかも知れない。
しみじみとカレーを味わう息子の幸せそうな顔を目に焼きつけながら、わたしもわたしの作ったカレーを食べた。なんとなく、いつもよりも美味しく感じた。
というわけで、今、我が家は息子のいない3人での生活が続いている。とてもさみしいし心配はつきないけれど、そんな時には、あの時美味しそうにカレーを味わってくれた息子のあの顔を思い出すことにしている。