わたしのあたまのなか

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わたしと鞄のはなし

薄々気づかれているかも知れないけれど、わたしはズボラな人間である。

そのため、服装によって持つ鞄を変える、などという面倒なことはできず、一度気に入った鞄を手に入れれば、大体の場所にはそれを持って行ってしまうし、出先から戻ればタオルやハンカチは取り出して洗うけれど、それ以外のものは大体入れっぱなしだ。

 

さて、ここのところわたしのお供の鞄は、ずっとリュックだった。リュックといっても、登山用の本格的なものではなく、外側にポケットが1つだけついた町で使える軽くて小さめのもの。色も形もとってもお気に入りだったのだけど、自分の中で、これはワンピースの時はちょっと合わないかなあ、と思うようになってきた。

そこで、ショルダーバッグを探すようになった。肩ひもがついていて、ななめがけできるようなもの。もちろんリュック以外にも鞄は持っているけれど、そのどれも持ち物が多いわたしには小さすぎて使いにくいのだ。

特に夏のこの季節だし、できれば今使っているリュックのように日傘やペットボトルなども入る程度の大きさのものがいい。そうなると本当はショルダーバッグではなく、上からどんどんと物を入れられるトートバッグの方が具合がいいのだけど、ひったくりが怖いわたしはどうしてもそれを持つことができない。

 

というのも、もう10年ほど前、夫とまだ小さかった息子と3人で、スーパーの駐車場から入口に向かって歩いていたら、抱っこひもで赤ちゃんを抱いた女性が歩道で座り込んでいるのが見えた。すでに警備員の方がそばにつき、パトカーと救急車を待つ状態だったのだけど、周りから聞こえてきた話によると、手に持っていたハンドバッグを車道から走ってきたバイクにひったくられた際に転んでしまったということだった。見た目には大けがをしていない様子ではあったけれど、赤ちゃんがどこか打っていないかも心配だし、ショックを受けて座り込んでいる女性の姿にもとても胸が痛んだ。

その後、赤ちゃんを抱いた人からひったくりをするだなんて!という怒りと、ひったくりがこんな身近にいるのか、という恐怖がじわじわとやってきて、忘れられない光景となった。そして、それ以来、わたしは手に持つハンドバッグや肩からかけるトートバッグといった類の鞄が怖くて持てなくなってしまったのだった。

 

そんなわけで、リュックに代わってワンピースにも合うような少し大きめのショルダーバッグを探し始めたのだけど、ある時家族で訪れたブックオフで300円のショルダーバッグを見つけた。これがどうして300円なのかしら?というくらいまるで新品のようにきれいだし、自分が思い描いていた大きさと形と色である。よく見ると、買取と販売のバランスが合っていないのか、売り場に並ぶ他の鞄もやたらとお値打ちだった。

それにしても、ちょうどショルダーバッグを探している時に、理想通りのものが見つかるだなんて、ブックオフの中古品が、なんだか蚤の市で運命の出会いの品を見つけたような気がした。これは掘り出し物だわい、とほくほくした気持ちで買って使ってみることにしたのだった。

 

さて、使い始めて2日目、出先でポーチをバッグから取り出したら、ポーチと一緒に何やら白い粉のようなものがパラパラと舞い落ちたことに気がついた。ん?と、バッグの中を見てみると、買う時には全く気付かなかったけれど、なんと内側のコーティングの部分が剥がれてボロボロに落ちて鞄の中に舞っていたのだ。そうか、だから、たった300円だったのか…!!

安物買いの銭失い、という言葉があたまのなかに浮かんだ。あの時のほくほくした気持ちがしぼんでいく。まるで新品のように見えたわたしの目はどれだけ節穴だったのか。鞄の内部の悲惨な様子をしょぼんと背中を丸めて眺めるわたしを見た夫からは、鼻で笑われる始末だった。

 

300円で2日使えた鞄と考えれば安いと思うべきなのか。それとも、300円で壊れた鞄を買ってしまったのだから高いと考えるべきなのか。

運命の鞄だと思っていたものがダメになってしまったショックで、そのどちらの感情に傾くべきなのかわからないけれど、わたしの鞄探しの旅はこれで振り出しに戻ってしまった。というわけで、わたしは今日もリュックを背負ってあちこち出かけている。

zfinchyan.net

ちなみに今はこの時の持ち物に加えて、日傘、水筒かペットボトル、本、せんす、エコバッグ2、3個が入っている。どうやらまたかばんの中身を見直さなければならないようだ。