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1.ニワトリと卵と、息子の思春期
https://item.rakuten.co.jp/book/16931317/
最近、読んだ本の中で読み応えが一番あった「鶏まみれ」というものがある。
簡単に言うと「鶏まみれ」とは、突然、養鶏を仕事としてすることになったご家族の日々を描いたものなのだけど、元々は小学6年生の息子さんが自身のお小遣い稼ぎのためにニワトリを飼ったことから始まった。
「鶏まみれ」を読み進める中に、その様子を描いた本もあるとわかり、もっとそのことを知りたい!と思ったわたしは、この「ニワトリと卵と、息子の思春期」を早速読むことにしたのだった。
2017年の夏、友だちが持っているというゲーム機を巡って「買って」「買わない」で小6の息子と著者は衝突を繰り返していた。すると、ある日突然息子が「にわとり飼育計画書」なるものを製作する。どうやら、大家さんに家でニワトリを飼育させてもらえるようにプレゼンをするための資料らしい。
鳴き声を出すオスは飼わない、養鶏ができる土地を聞いてまわる、など息子の準備は着々と進み、ついにご近所さんから期限付きで借りた土地に知人を通してボリスブラウンという種類のニワトリを5羽ゆずり受けられることになってしまった。
親の言うことは聞く、ダメなものは諦める、などという時期はとっくに過ぎてしっかりと自我が目覚めた思春期の息子と、親としてどうあるべきなのか、反抗心のある子どもとどう接したらいいのかと日々迷いながら進む親と、ニワトリたちとのあたらしい日々が始まる。
「鶏まみれ」を読んだ直後から読みたかった本なので、一気に読み切ってしまった。読み切ったというか、読むことを途中で止められなかったほどおもしろかった。
突然養鶏をしたいという息子と、それがトントン拍子に叶っていってしまう状況が特殊でありながらも、引き寄せるように目まぐるしく家の中が変わっていく毎日。
ニワトリを飼う、と聞くとのどかで楽しそうないいイメージが湧く一方で、実際に自分の子どもが飼う、しかも卵を売る、となるとそこに発生するあらゆる面倒な準備や親としての責任がズーンとのしかかり、わたしなら正直なところ「余計なことせずにゲームして遊んでてくれよ」と、思ってしまうかも知れない。
実際に著者の方も、いろんな場面でいろんな葛藤があり、その都度考え方や物の見方を変えたり改めたりしていて、読んでいるこちら側は素敵な親子だなと思うし、ものすごく成長できただろうなと思うけれど、現実の日々は試行錯誤の連続で相当大変だったにちがいないだろう。
ただ、ニワトリを通じて家族の在り方や、食事風景や、生活様式が変化していく様子は大変興味深く、最後まで飽きることなく読み切ることができた。「鶏まみれ」同様にこちらも忘れられない読んでよかった、と思える一冊だった。
2.あなたの体は9割が細菌
https://item.rakuten.co.jp/book/16515079/
最近、体調を崩す日々が続いている。
春に扁桃腺が腫れてからというもの、副鼻腔炎もぐずぐずと続き、歯茎が繰り返し腫れるようになってしまった。
とにかく体がだるくて仕方がないし、まるで自分の体が自分のものではないようだ。どうにか今の状況から抜け出すことはできないか、と本屋さんをぶらぶらしていたら、ちょうど光が射すように目に入ったのがこの本だった。
ちょっと難しいところは飛ばして読んだものの、大体の章は分かりやすく興味深く読むことができた。わたしが、特に気になったのはいわゆる盲腸と呼ばれる虫垂には免疫細胞がぎっしり詰まっているという研究結果で、これまでは体の仕組み的にはあってもなくてもいいとされていた盲腸が、実は人間の体の免疫を守っていたという箇所だ。
わたしは普段から疲れが溜まるとすぐに口唇ヘルペスが出来てしまうこともあり、自分の免疫力の低さが気になっていたのだけれど、それは虫垂を切除したせいもあるのかも知れないと、思い当たった。
ちなみに、わたしが盲腸炎になったのは中学2年生のころで、腹痛などの痛みは全くなく40度の高熱が続いた。けれど、当時中間テストの期間中だったため、欠席するわけにもいかず、市販の解熱剤を飲んでなんとかごまかしながらテストを受けた。
テストを終えたころには3日間高熱が続いていたため、病院に行った時には盲腸がひどく腫れあがっていたらしく切除以外の選択がないと言われた。そんなわけで、仕方がなかったとは言え、あの時すぐに病院に行っていれば盲腸を失わずに済んだのかも、と思うと今さらながらに悔しい思いだ。
けれど、嘆いていてもわたしの免疫力が上がるわけでもない。だから、今はとにかくこの本に書いてあったように、発酵食品を積極的に取り入れて腸内環境を最高に整えることが最近の目標である。腸内にいい細菌を増やすことで、わたしのこのボロボロの体を元気にしてもらうために、毎日必ずお味噌汁を飲むことにした。納豆は少し苦手なので、甘酒やヨーグルトのどちらかを必ず口にするようにしている。
気分的なものもあるけれど、一番つらかった体調の時に比べたら、今は少しだけ元気になれた気がする。がんばれ、わたしの中の細菌たち!
3.独断と偏見
https://item.rakuten.co.jp/book/18173787/
読もう、読もうと思っているうちに日が経ってしまい、やっと手に取ることができたこの本。
ニノが独立した時は「さすが、行動が早いな」と思ったのだけれど、「世界基準で信頼や評価を得られない可能性のある事務所にいたままで仕事をするわけにはいかなかった」という一文を見て、仕事の幅が広いがゆえの行動力だったのだなと納得した。
この本は四字熟語をテーマに話された言葉をまとめた一冊で、仕事の質の考え方、生きることが書かれていて、いつも飄々としているように見えるニノのあたまのなかがほんの少しだけ知れた気がした。
ただ、話した言葉を活字化した本だから、出来るならニノが書いた本も読んでみたいな、と思う。話した言葉ももちろん本物だけど、それは調理しない生の言葉だとわたしは思っている。書いた言葉は、ぐるぐる考えて出てくるものだからより深い感情が見えることもあるだろうし、それをわたしは読んでみたいな、とも思った。
4.六十路通過道中
https://item.rakuten.co.jp/book/17853347/
わたしは群ようこさんの本を自分が高校生の頃から読んでいるため、今もまだ群さんが30代や40代のように感じられることがあるのだけど、ついに群さんもおばさんからおばあさんになりつつあるのか、とタイトルを読んでハッとさせられた。
飼い猫のしいちゃんが天国に行ってしまい、自宅のお引越しをしたところまでは別の作品で知っていたけれど、今回はその新天地についてのお話が載っていたので、群さんがお元気そうで何よりだわい、と思いながら読んだ。
現金主義や、スマホ記事がうさんくさいことなど、わたし自身が体も心も立派なおばさんであるため「うんうん」と共感しながら読めるエッセイばかりだった。
ちなみにわたしも普段から現金払いばかりなので、たまに同年齢の友人で現金を持ち歩かない人を見ると、それがいいとか悪いではなくてただただ「すごい進んでる人だ」などと憧れてしまう。
この前は、その友人と現金のみ取り扱いの小さなパン屋さんに入ったら、友人が言った「うわ、今日現金そんなに持ってない」という言葉が内心ちょっと羨ましかった。他には、わたしはカードで持ち歩いているICOCAを、別の友人はアプリで利用していたりして、世間では随分当たり前のことでもなかなか従来の生き方から飛び出せないわたしは、周りの反応が早い友人のことが羨ましいやら、でも使いこなせる自信がなくてちょっと怖いやらだ。
けれど、いつまでもこのままでは世界の時の流れに置いていかれてしまうことは自覚しているため、わたしも群さんのように変化を受け入れつつ柔軟なおばあちゃんを目指そうと思った。
5.知ると楽しい!和菓子のひみつ
https://item.rakuten.co.jp/book/17816188/
先日図書館で本の貸し出し手続きをしていたら、カウンターにこの本があったのでおもしろそうだな、と手に取ったら「その本も貸し出しできますので、ぜひ」と声をかけられてたのでそのままお願いした一冊。これが書店であれば「こちらの本もぜひ」と言われてもそう簡単には買えないところがあるけれど、図書館だと気軽にいろんな本をついでに読めるのがいいな、と改めて思った。
さて、この本は、菓子とはそもそも果実のことを指していた、ということから始まり、唐から伝わった大陸文化の唐果物(唐菓子)が和菓子として発展していったという和菓子の歴史から始まり、水分量や製法で変わる和菓子の呼び名、年間で見る季節の和菓子、など「和菓子」という言葉の裏に広がる深い歴史や幅広い種類をしっかりと知ることができた一冊だった。
確かに日本には四季があり、それには必ずその時期にふさわしい和菓子がある。夏はアイス、冬はチョコレートという洋菓子もいいものだけど、夏はくずまんじゅう、冬はおしるこも古くから日本の風土に合った大事な甘味だなと感じた。
また、わたしたちの一生には和菓子がついてまわっていることもこの本を通して学ぶことができた。例えば、初節句にはひしもちや柏もち、七五三には千歳飴、入学卒業には赤飯や紅白まんじゅうなど、人生の節目のお祝いの場には必ず和菓子がいつもあるのだ。
そういえば、息子たちの通った幼稚園では、卒園祝いとして近所の商店街の和菓子屋さんが作ってくれる紅白まんじゅうが配られたのだけど、あのほわほわと柔らかくて優しい甘さの紅白まんじゅうを食べた時のホッとした嬉しい気持ちは今だに覚えている。あれが、ストロベリーとミルクのチョコレートだったり、ロールケーキなどでは、美味しいだろうけれど、あそこまでホッとする特別な気持ちにはなれなかったかも知れない。
今では和菓子といえば水無月や桜餅くらいしか食べなくなってしまったけれど、せっかく今京都に住んでいるのだから、もっと日々の生活の中で和菓子を楽しむ、ということを息子たちにも繋げていかないとな、とこの本を読んで思ったのだった。