わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。日々のこと、美味しいものや旅日記、好きな海外ドラマについても書いてます。

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体調を崩してわかったこと

 

ここのところわたしはぐるぐる心の中で常に色々なことを考えていた。

主に自分だけではどうしようもできない世界状況への恐怖と不安が大きかったのだけど、それ以外にも息子の中学校のクラブの保護者会役員でやりとりすることで自分の時間が削られることへのストレスや、久しぶりに連絡を取った友人との価値観の違いなどによるやりとりのずれなど、様々なことが積もりに積もっていたのだと思う。

 

ある朝、急に腹痛を感じた。

その日は息子(10)の小学校の終業式で、下校後塾の春期講習に行くまで1時間しかない忙しい日だった。わたしは毎朝、家の外まで息子を見送りに行くのだけど、この日はお腹が痛くてどうしても外に出られなかった。

軽い吐き気も感じながらトイレとリビングのストーブの前を何往復もした。一人で痛みと吐き気と戦っているうちにやっとそれらがおさまった。ああ、よかった。

そうしたら突然強い眠気を感じた。ゴミ捨ても洗濯干しも掃除も朝のうちにやらなければならないことがあるのに、眠くて眠くて仕方がない。布団に戻って10時まで寝てしまった。セットしておいたアラームが鳴り起きた瞬間、嫌な関節の痛みと悪寒を覚えた。

この感じはまさか…!熱を測ると37.4だった。平熱が35度台のわたしは37度を超えると一気に不安になる。普段熱が上がりにくいものだからしんどくなってしまうのだ。

とは言え、37度台と言えば世間では微熱なのだからまだ大丈夫だろうと思い込もうとしても、体が動かない。息子のためにお昼ごはんを作らなければならないのに、あたまが割れそうに痛くて体を起こせない。

まるで体が故障したみたいだった。

熱はあっという間に38度を超えた。

夫に状況を連絡して、一足先に春休みに入っていて朝からクラブ行っていた息子(14)にもなるべく早く帰って欲しいとLINEを入れておいた。それから、なんとか立ち上がって窓を開けて網戸にした。こんな急な発熱はインフルエンザかコロナしか思い当たらなかった。息子たちにうつしてはならないのでとりあえず窓を開けて換気をすることが精一杯だった。それに、もし、このまま動けなくなっても息子(10)が家に入れるようにしてあげたかった。

 

息子(10)が昼前に帰ってきた。なんとか玄関まで這って鍵を開けた。わたしの姿を見て泣きそうになっている。買っておいたパンをお昼ごはんとして食べてもらった。昼過ぎになり、クラブを終えた息子(14)がまっすぐ家に帰ってきてくれた。弟を駅まで送るついでに晩ごはんを買ってきてくれるという。

その間にも熱はぐんぐんと上がっていき、体中が嫌な感じだった。ぞわぞわする、というか、ぐにゃぐにゃする感じ。まるで得体の知れないエイリアンみたいなものが自分の体を蝕んでいこうと暴れている感じ。夫から病院に行った方がいいんじゃない?と連絡が来たけれど、今は動きたくないと言うか動けない。立ち上がって準備して外へ出て駅前の病院に行く自分を想像したら、あまりにも無謀すぎて鳥肌がたった。

それにいくらでも寝てしまえる。熱を測っていたはずなのに気づくと寝ていて、そしてまたすぐに目が覚めて、またいつの間にか寝て、の繰り返し。もはや寝ているのか気を失っているのかわからなかった。それでも、腹痛と吐き気を全く感じなくなっていたのは幸いだった。

買い物から戻った息子(14)が「アイス買ってきたから食べたら?」と声をかけてくれた。ちょうど体が熱くてつらかったので助かった。折りたたみ式のテーブルを持ってきてくれたのでいざ座ったら、そこにもたれないと起きられないくらいになっていてびっくりした。体ってたった数時間でこんなに悪くなってしまうものなの?

それでもアイスと息子の写真は撮った。いつか反抗期の息子に腹が立ったとしても、わたしの愛するチョコミントアイスを買ってきてくれた優しさを覚えておきたくて。

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チョコミントが沁みた

夕方になり早く帰ってきた夫が車で近くの内科に連れて行ってくれることになった。インフルエンザの検査は熱が出てから12時間後じゃないと反応しないし無駄足になると思ったけれど、インフルエンザ以外の可能性も考えた方がいいと言われた。

病院で熱を計ると39度を超えていた。あたまというかおでこが割れそうに痛い。検査の結果はインフルエンザもコロナも陰性で、症状から考えられる可能性としては胃腸炎ということだった。胃腸炎でも発熱することをわたしはこの時初めて知った。

家に帰ってすぐ解熱剤を飲んで気づいたらまた眠っていた。息子(14)が部屋に入ってきた音で目が覚めた。薄暗い部屋の中で枕元に座り痛みが取れるようにあたまをマッサージしてくれた。息子(10)はとにかくわたしのお腹が空いてないか気にしてくれた。「ゼリーあるで」と何回も言うので笑った。わかった、ゼリーが冷蔵庫にあるのはよく、わかった。

3人がカップラーメンの夕食を食べている音や声を聞いているうちにまた眠っていた。起きて喉が渇いて枕元のペットボトルの蓋を開けようとしても手に力が入らず開けられない。情けなくて涙が出た。息子(14)を呼んで蓋を開けてもらったらすぐに察して蓋のあるストロー付きのコップにポカリスエットを注いで持ってきてくれた。次に目を覚ましたら夫が翌日の昼ごはんに、とシチューを作ってくれていた上に、夜の間に洗濯も干してくれていた。次に気づいたらもう夜中だった。それからも寝て起きての繰り返しだった。

 

翌日も高熱は下がらず、座ることもままならない状態だった。

前日と違ってもう眠ることはできなかったけれど、体がだるくてあたまが痛い。それでもうとうとしていたようで、気づくとリビングやキッチンがわたしが片付けるよりもきれいになっていた。晩ごはんは息子(14)が作ってくれた。

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あいにく半分も食べられなかったけど、ごはんを食べたら少しだけ元気になってきたような気がした。何より息子が作ってくれたごはんがとても美味しくて頼もしくてホッとした。ごはんのあとは、みんなをリビングに残してまた布団に戻った。薄暗い寝室でもう頼むから早く治ってくれ、と願うしかなかった。

 

体調を崩して3日目。朝起き上がって温かいミルクティーを飲む気になれた。座っていてもだるさがほぼない。やっと、日常が戻ってきたのだ。

いつもの食欲があるわけではないので、まだ100%回復したとは言えないけれど、普段通りの生活ができるようになった。胃腸炎になった原因は定かではない。夫が言うようにぐるぐると考えすぎたストレスかも知れないし、流行りのものにかかってしまっただけなのかも知れない。けれど、こんなにもつらい目に合うくらいなら、これからは考えてもどうしようもないことは気持ち半分で、ストレスを感じることはどんどん切って、心も体も健康でいたいと思った。

それに、息子たちが成長してくれたので、わたしが数日寝込んだとしてももうなんとかなるものだと分かって気持ちが楽になった。

もちろん夫が仕事を切り上げて早く帰ってきてくれたおかげもあるけれど、今回は息子たちが自分たちでできることをやってくれていて本当に助かった。特に息子(14)は一旦反抗期をお休みして、掃除や食事の用意や、氷枕を持ってきてくれたり枕元の飲み物を補充してくれたりと、完璧な看病をしてくれて驚いた。

もうあんなにしんどい思いはしたくはない。これからは、自分に不要なものや負担になるものをなるべく切り取ってすっきり軽やかに生きていきたいものだ。

 

今週のお題「スッキリ!」