わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。日々のこと、美味しいものや旅日記、好きな海外ドラマについても書いてます。

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タケノコの思い出

 

タケノコが旬になるころに思い出すことがある。

父はわたしが小学生のころまで、なぜかわからないがタケノコ堀りに命を賭けていた。大げさだと思われるかも知れないけれど、本当だ。

今くらいの時期になると、やれあの竹山はだめだとか、あそこは大体掘られているらしいとか、父が独自に広げたタケノコネットワークから仕入れた情報を母に大きな声で喋り出す。

ちなみに「あの竹山はだめだ」の「だめ」の意味は、監視の目が厳しいという意味だ。そう、父は、勝手に山や林に入ってタケノコを掘っていたのだ。よくもそんなことを、と思う気持ちもわかるが、今から40年近く前のことなのでどうか父を許してほしい。

当時小学生だったわたしには、今ならわかる「山や林は誰かのもの」ということを知る由もなかった。なにがだめで、なにがいいのかもよくわからなかったし、そもそも早朝から出ていって掘るほどタケノコは美味しいものでもないとも思っていた。なんなら、母の作るタケノコ料理は、父がそう望んだせいもあったのかも知れないけれどタケノコとわかめの煮物のみ、だったのでもううんざりしていたくらいである。

 

けれど、そんなわたしも一度だけ、父に連れられて、竹がわさわさ生える林にタケノコ掘りに行ったことがある。そこは団地の端にある林でもちろん「立ち入り禁止」の看板があった。当時小学生だったわたしもその林のことはもちろん知っていたけれど、当然入ってはいけない場所だと思っていたので、足を踏み入れたことはなかった。

 

まだ薄暗い朝、こそこそと林に入る父の背中に思わず「入ってええの?」と聞いた。父は「ええねん」と言ったけど、絶対によくない。

本当はいけないことを大人とこっそりする時というのは、大概わくわくするはずなのに、その時のわたしはげんなりしていた。どこかのベランダから誰かに見られていたら嫌だなあ、と思ったし、何よりいつもならのんきに聞こえるはずの鳩の「ほーほーほっほー」という鳴き声がやけに大きくてとても不気味だった。

父はあの時、なぜわたしをタケノコ掘りに同行させたのだろう。わたしが気まぐれに行きたいとでも言ったのだろうか。その割には、いざタケノコを掘る時も何も教えてもらえず、とりあえずにょきっと出ているタケノコを掘り始めたら「そんな大きいやつあかん!美味ないやろ」と、小声で怒鳴られた。「もっと土の中に埋まってるタケノコを探すんや」と、言われたけれど、小学生のわたしにはうまく見つけられない。そもそも乗り気じゃないのだ。

やがて、父が見つけた土の中のタケノコを掘らせてもらえることになったものの、一生懸命掘りすぎて途中で折ってしまい、父は露骨に嫌な顔をしながら「鳩でも見とけ」と、言い放った。

こちらとしてもうまく掘れたとしてもどうせ好きではないタケノコなので、言われた通り林の中をうろうろしてみることにした。せっかく立ち入り禁止のところに入っているのだし、ちょっと冒険してみよう。すると、突然現れた林の中のぽっかり空いたところに、大きな十字架のような建造物が建っているのを見つけて、怖くなり走って父の元に戻った。静かな林の奥の十字架。まさか、こんなところにキリストが…?と、めちゃくちゃ怖かったことだけ覚えている。今でもあれは一体なんだったのか謎のままである。

 

さて、父はその日もタケノコを大量に採った(盗ったともいう)家に戻ると、父の機嫌はすっかり直っていて「今日はタケノコの刺身や!」と、嬉しそうに言った。

なんでも、朝採れタケノコの醍醐味は生で食べるお刺身という食べ方らしい。いつもなら、ちょっと離れた場所で掘っていたため、帰りの時間で鮮度が落ちて試せないけれど、今日は家のすぐそこで採れたタケノコだから生で食べられるというのだ。書いていて思ったけれど、本当にタケノコの鮮度というのはそんなに早く落ちるものなのだろうか?

 

母がタケノコを薄くスライスしたものをお皿に載せて、わたしたちの前に置いた。父は小皿にお醤油にわさびを溶いた。本当にお魚のお刺身みたいにして食べるんやな、と思った。

先に食べた父が「うまい!」と叫んだ。わたしたちにも食べるように促すので、薄いタケノコをちょんちょんとお醤油につけて食べてみる。その瞬間口の中にぐわあっと嫌な風味が広がった。舌が痺れるような、なんとも言えない風味。生のタケノコのさくさくとした食感はよかったけれど、どうにもこの痒いようなチクチクとする、いわゆるアクの風味がよくない。一緒に食べた母と弟のリアクションは覚えていないけれど、父だけが美味しいと喜んでいたことだけはやけに覚えている。

 

そんなわけで、この時期になると、あの朝のこと、不気味な鳩の声と十字架、生のタケノコの嫌な味、なんかを思い出すのだけど、つい最近「生のタケノコにはシアン配糖体が含まれているため中毒になることがある」ということを知り愕然とした。

特にこどもや高齢の方が生で食べると呼吸困難や血圧低下、めまいなどの中毒症状を引き起こすことがあるらしい。…あの時のわたし、危なかったやないか!よく誰も中毒を起こさなかったと思わずぞっとした。

 

さて、父は毎年そんな風にタケノコを掘っていたわけだけど、ある時を境に全くタケノコ堀りに行かなくなった。

それは、ある山に父がいつものように一人で堀りに行った時のこと。手持ちの道具が現地で壊れたか何かで掘れなくなり困った父は、あろうことか山のふもとにいたお地蔵様が持っていた杖(調べたら錫杖というらしい)を引き抜き、それでタケノコを掘ったという。

帰宅した父は、いつものように大きな声で母にそれを得意気に話しながら、タケノコの煮物を美味しく食べた。しかし、その日の夜中、突然高熱が出て悪夢にうなされたという。あまりにも分かりやすいバチの当たり方だった。

それ以来、父は怖くなったのかタケノコ掘りに行かなくなり、我が家の春の食卓にタケノコが並ぶことはとんと減った。そして、わたしもやっぱりタケノコを好きになれないまま、こうして大人になってしまった。

ただ、いつも父はタケノコの先っぽをわたしと弟に必ず食べさせてくれた。あの父のことだから、ただ先っぽの柔らかい食感が好きではなかっただけかも知れないけれど「一番美味しいところやからな」と言って器に入れてくれた時のことも、この時期になるといつまでも思い出してしまうのだった。