六月の最終日に、いつも行くスーパーでお買い物をしていたら店内放送で水無月の販売を知らせる案内が流れた。水無月...ああ、あのピザみたいな三角の形の和菓子か。ふーん、と思ってお買い物を続けていたら、ある一角に人だかりが見えた。それが、まさしく水無月が陳列されている冷蔵ケースだった。
わたしは京都に住んで十数年経つが、実は今まで水無月というものを食べたことがない。昔読んだ本で京都の夏に食べる和菓子として知識はあり、何度か和菓子屋さんで見かけたことがあるので形は知っているけれど、一体それがどんなものかは食べたことがないのでよく知らなかった。
それに、今までこのスーパーでこんな案内など聞いたことがない。これまでたまたま六月三十日はお買い物をすることなくわたしは過ごしていたのだろうか。
なんだか気になったので、水無月が並ぶ売り場に近づき、そこにあったチラシを読んでみると「水無月・・・一年の厄除けに!」と書かれていた。なんでも六月三十日は一年の半分に当たるので、その日に水無月を食べることで厄除けになるらしい。「厄除け」という文字を目にして、今まで興味のなかった水無月が俄然気になってきた。それに、京都の夏の和菓子と思っていたけれど、一年の半分である六月三十日に食べるものなのか。ちなみに、ピザみたい、などと思っていた三角形にも由来があり、その昔宮中で食べられていた氷の形を再現して暑気払いにもなるそうだ。
ほう、なるほど。食後のデザートに、和の甘いものを食べて厄払いになるのなら、これは食べるべきだな、と、食いしん坊なわたしは早速買ってみることにした。
売り場では、おばさまたちがカゴを片手になぜか真剣な表情で水無月を手にして選んでいる。わたしもその中の一人となり、並んでいる水無月をよく見てみると、ノーマルな水無月と共に黒糖水無月というものもあった。さらには、和菓子屋さんの水無月と、ヤマザキの水無月が販売されているようだ。
ここは当然和菓子屋さんのノーマルな水無月だろうと思ったものの、そのお値段は三つで六百円だった。一方ヤマザキのものは二つで三百円。我が家は四人家族だ。うーんと心の中でその二つを迷いに迷って、結局ヤマザキのものを購入した。なぜかというと、お値段的なことはもちろん、今まで水無月を一度も食べたことのないわたしは水無月のことを「寒天に小豆がついたもの」だと勘違いしていた。わたしは寒天が好きだけど、息子たちの口に合わないかも知れないなとも思ったので、もし息子たちが残しても食べられるように、とヤマザキの水無月を四つ買うことにしたのだった。
ところが、夕食後に食べてびっくり。水無月は寒天ではなくういろうに小豆がのったものだった。これがもちもちしていてほんのり甘くて、小豆の風味とよく合いとても美味しい。ういろうなんて久しぶりに食べたけれど、噛めば噛むほど優しい穏やかな甘さが口に広がってとてもいい。上にのった小豆もさくさくといい食感。厄払いのおやつだからちゃんと食べようということで用意した冷たくて甘いグリーンティーともよく合う。
はじめての水無月はとても美味しかった。
あまりにも美味しかったので、翌日も水無月を求めて同じスーパーに行ってみた。ところが、一日前にはあれだけ店内放送やチラシで案内されていた特設の水無月売り場は、跡形もなく片付けられていて、ノーマル水無月も黒糖水無月も、もうどこにもその姿がなかった。
あれだけおばさまたちが吸い寄せられるように手に取っていたのに…?あのおばさまたちでさえも幻だったの?そんな風にさえ思ってしまうほど、水無月の姿はそこからきれいさっぱりと消えていた。たった一日だけの水無月売り場。なんて儚いのだ。水無月は食べたら意外とずっしりとお腹に来て全然儚くないのに。
さて、わたしが食べたヤマザキの水無月もとても美味しかったけれど、次はぜひとも和菓子屋さんの水無月をいただいてみたい。それと黒糖水無月も実は気になっている。水無月に味を占めたわたしは、来年の六月三十日を今から楽しみにしているのだった。
