約15年ぶりに働いている。
わたしの仕事は学校の事務のようなもので、いろんな雑務をこなす。日がまだ浅いこともあり、関わる人の九割の名をどうしても覚えられずにいるので、人に話しかける時は、まるで古いロボットのようにカクカク動きながら「あの…あの…」と、挙動不審な人物になりながらも、今はとにかく言われたことを必死にやり遂げるようにしている。
さて、わたしは時給で働いている。
働きだしてからというもの、なんでも自分の時給で換算するという昔のクセがまた蘇ってしまった。わたしはよく暇な時にメルカリで洋画や海外ドラマのTシャツを買うわけでもないのに探して眺めることがあるのだけど「これ、かっこいいな」と値段を見ると3,200円。以前なら「3,200円か」で、終わっていたであろうその金額も「えっ、3時間は働かなあかんやん」などと思ってしまう。別に買うわけでもないのに、だ。
この前も、出先で予定が変わり夫と2人で夕食を先に食べることになった。サイゼリヤで、あとから来る息子たちと落ち合うことにした。久しぶりのサイゼリヤはわくわくする。しかも大人だけで食べるサイゼリヤ。どれも美味しそうだし、それに、昔と変わらずお手頃価格で何をどれだけ食べてもいいような、まるで王族にでもなったような気分だ。
メニューを眺めていると、小エビのタラコソースパスタが目に止まった。540円。これにしようかなと思いつつページをめくると、昔よく食べたディアボラ風ハンバーグにも惹かれた。500円。そこでまた自分の時給があたまのなかに巡る。その差、たった40円なのに、どうにも引っかかる。しかも、夕食代はわたしのお給料から支払うわけでもないのに。
むむむ…と、メニューを行ったり来たりめくって結局ディアボラ風ハンバーグを選んだ。すると、夫から単品やと味が濃いで、と言われ、金額のことなどあたまからすっ飛んでしまいスモールライスも頼んだ。ディアボラ風ハンバーグとスモールライスで合計600円。これなら小エビのタラコソースパスタを頼んでおけば540円ぽっきりだったというのに…と、少しモヤモヤした。
でも、運ばれてきたディアボラ風ハンバーグはやっぱり美味しかった。食べているうちに、どんどんテンションがあがってしまい「足りんかったらミラノ風ドリアも頼もう」などと言っていたけど、ドリンクバーをお代わりしたら結局おなかいっぱいになった。
息子たちが合流して、それぞれ好きなものを注文して食べた。家族全員がお腹いっぱいでご機嫌がよくなり、わたしたちはいつも悩んでは結局頼まないデザートをついに頼むことにした。夫と息子たちはミルクジェラートなどを頼んで、わたしは散々迷ってトリフアイスクリームを選んだ。初めてのトリフアイスクリームは、ヘーゼルナッツの風味が豊かで「これが350円で食べられるだと?!」と感動するほど美味しかった。一口ずつゆっくり大切に味わって食べた。
楽しい食事の時間と引き換えに、スルスルとおかねが飛んでいく。もちろん今までも無頓着だったわけではないけれど、自分が久しぶりに働くようになったことで、おかねの価値がこれまでと少し変わった目でまた見れるようになった。小エビのタラコソースパスタの540円は小さな金額だけど、それはわたしが30分働かないと得ることができない金額だ。
おかねを稼ぐって大変なことだよなあ、と、あたまではわかっていたことが最近身に沁みるようになった。
ただ、わたしのあたまはいろんな考えにすぐ飛んでしまうので、おかねの価値に敏感になった反面、この日の合計金額の4,750円を見た時に「ふむ、わたしが数時間だけ働けば、またこんな美味しくて楽しい食事が出来るのか」などと楽観的に思ってしまったのも事実だ。
だから、わたしはおかねがなかなかたまらないのかもしれない。

久しぶりでも裏切らない美味しさ