わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。日々のこと、美味しいものや旅日記、好きな海外ドラマについても書いてます。

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日々のつぶやき・12

 

ぽーんと放り出したい出来事や感情をだらだらと書いてみる

 

お米について

 

みなさんよくブログで書かれていることだが、最近本当にお米が高すぎる!

前まで5キロのお米を¥2,480〜¥2,980で購入していたものが¥3,480〜¥3,780でしか買えなくなったことがあった。でも、わたしはまだこの時点では今までのお米の値段が安すぎたのだと思うようにしていた。まあ、値上げも致し方ない、と。周りがお米の値上がりを嘆いている時も口には出さずとも「まあ、仕方ないわな」とは思っていた。

ところが、だ。先日スーパーに行ったら¥4,580など、¥4,000以上のものしかなくなっているじゃないか!思い返せばほんの数ヶ月前の倍の金額になっている。どういうことだよ!時々「あ、安い」と思ってよく見たらカリフォルニア米とのブレンド米でがっかりする毎日だ。

ブレンド米も美味しいとは聞くが、なんで日本に住んでて日本のお米を食べることがこんなに難しくなるんだよ!と、腹が立つし、わたしたちが安価なブレンド米を食べることで、結局はこの先日本のお米農家の方が困ることになるんじゃないのかと思うと、なかなか手が伸びない。不作とか凶作とかでお米の生産量が極端に少なかったのなら、まだ高騰し続ける価格にも諦めるしかないと思えるが、備蓄米が放出されているのにも関わらずまだどうしてこんなにどんどん値上がりしているのか、本当の事情がよくわからないから納得できなくてモヤモヤする。

自分だけならお米を我慢することも出来るけれど、育ち盛りの息子たちにはしっかりお米を食べさせてあげたいので、自分が譲歩できる価格をちょっとずつ上げるしかないのか、オイ、と、ブレンド米も視野に入れつつお米売り場で腕を組みながら悩み続けている。

 

幸せな瞬間

 

クリーニング店に通っている。

なぜなら夫がワイシャツを毎回クリーニングに出すからだ。節約のためわたしがアイロンをかけていた時期も数年間あったが、妊娠を機にクリーニングにおまかせするようになったら、夫がそっちの方がいいと言い出した。「言いにくいけど、やっぱりこっちの方がシワもなくてきれいやし」と、言われ面倒でもやっていた作業にケチをつけられたようで若干カチンとは来たが、わたしも楽なのでそれ以来クリーニングに出している。

さて、わたしが通うそのクリーニングの店員さんたちはいつも朗らかで優しい。

半年ほど前、そんな店員さんのうちのお1人から「実は今日で最後なんです」と、言われた。辞めちゃうのか、さみしくなるな、と思った次の瞬間「もうすぐ産まれるんです」と、カウンターから出てきてくれた姿を見てびっくりした。いつもカウンターの向こうにいる彼女のお腹はぽっこりと大きくて「よく今まで立ちっぱなしで働けていたなあ」と、思ってしまったほど、立派な妊婦さんだった。カウンターから見える上半身に変わりはなかったからこれまで全く気づかなかった。店員さんはこれからお母さんになるんだなあ、なんてじーんとしながら、お別れをした。

 

さて、先日クリーニング屋さんに行くと、見覚えのある女の子が赤ちゃんを抱いてカウンターの前に立っていた。あの店員さんだった。いつもの制服じゃない姿で赤ちゃんを抱いている彼女は、今まで思っていた雰囲気よりずっと若くて、今までよりもずっと優しい顔になっていた。4か月になるという赤ちゃんはニコニコとよく笑い、とても元気な男の子だった。クリーニングの受付をお願いしながら元店員さんとおしゃべりしていたら、次のお客さんも「あら」と明るい声で店内に入ってきた。元店員さん曰くわたしたちは常連さんらしくまたお会いできて嬉しいと言ってくれた。わたしとそのお客さんはお互いのことを知らないけれど、気づいたら「かわいいですよね」「赤ちゃんって特別よね」などと話をしながら、ただただ元店員さんの赤ちゃんを愛でた。

ふと、自分がまるで映画の中の幸せなシーンにいるような気がした。

店員さんとお客さんと元店員さんとその赤ちゃんという、日常に使うクリーニング屋さんの中で出会った特別な一瞬。こんな風に他の人の幸せを喜びに感じる時、その喜びを見知らぬ人と分かち合える時、もう会えないと思っていた人と会えた偶然の時。もしこれが映画だとしたら、この今のシーンに出演している人は全員善人やな。ということは、わたしも善人な買い物客Aといったところか。

そんなことをあたまの片隅に思いながら、元店員さんと再びお別れをして、赤ちゃんのかわいらしさを目に焼きつけたまま、買い物客Aは上機嫌で鼻歌を歌いながら自転車を漕いで家路についたのだった。

 

息子からのミャクミャク様

 

ある日、学校から帰宅途中の息子(13)からLINEが入った。

見てみると「これ見て!」と、写真が送られてきた。見ると、ファミチキの袋がミャクミャク様仕様に変わっていた。「うわ!ミャクミャク様やん」と、返信すると「友達が食べてたから写真撮らせてもらった」と書いていた。

息子は一体お友達になんと言って撮らせてもらったのだろう。お母さんがミャクミャクを好きやねん、とか言ったのだろうか?珍しいから撮らせてとか言ったのかも。というか、息子はなぜファミチキを食べていないのだ。一緒に買って食べればいいのに。

そんなことを考えていたら息子が帰宅したので聞いてみたら「お母さんがミャクミャク好きやから撮らせてって言った」「ファミチキ食べたら晩ごはん食べられへんやん」と、いう答えが返ってきたので(か、かわいい...)と、普段はトゲトゲしてる息子の中のかわいらしさに嬉しくなっていたら「はい、これ」と、お友達が食べていたファミチキの袋を渡された。

(いや、ミャクミャク様好きやけど、さすがに油の染みたファミチキの袋渡されても...!)と、指先でつまんでゴミ箱へ直通しかけたけれど、息子の純粋な優しい心を傷つけるわけにもいかないので「ありがとう!写真だけ撮らせてもらうわな」と、撮らせてもらった。ところで、これはお友達になんて言って空き袋をもらったん?と、尋ねると「珍しいからちょうだいって言った」と、いう答えが返ってきた。

お友達は息子のことを何と思ったのだろう?と、やや不安になった。ファミチキの袋ちょうだいって変な奴と思われていないだろうか。そこはお互いまだ子どもだし軽いノリで笑って終わっていたらいいんやけど。

というわけで、人様の食べたあとのファミチキの袋の写真を撮ったものの、これを一体どうすればいいのだ?と考えたら、幸いにもわたしには日常のことを綴るブログという場所があったのでここに載せることにしました。

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確かにかわいいし珍しいけど!!