
ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生 / 稲田豊史
わたしがポテトチップスを知ったのはいつのことだっただろう、と思い返すと、おそらく中学生くらいのころだったと思う。
わたしが中学生に入る直前に母が朝から夕食前までパートに出るようになり、時を同じくして父も出張で家を空ける機会が増え、そのころからカップラーメンやポテトチップスが家の中に買い置きされるようになり、よく食べるようになった気がする。
では、ポテトチップスに感動したのはいつのことだったか。
これは明確だ。高校1年生の時に、高校の近くにあったスーパーに寄り道した際に友人からすすめられて買ったプリングルスのサワークリームオニオンを食べた時。なんだこれは!なんだこの美味しさは!と、夢中で食べた。味の濃さにびっくりしたし、お菓子というよりはまるで料理のような複雑な味に感動した。あのころも、サワークリームオニオン以外にたくさんのフレーバーが発売されていたはずだけれど、他のフレーバーを食べた記憶が全くないくらいあのジャンキーなサワークリームオニオン味の虜だった。
現在スーパーで買えるプリングルスは、サイズも小さいし味も薄いし歯ざわりもあまり好きではないのだけれど、たまに寄る輸入食品店で買うお値段が2倍以上するアメリカ産のプリングルスは、あの時に感動した美味しさとザクザクとした食感が似ている気がする。
そんなわけで高校生のころは、家の外ではたまに友人とプリングルスを食べ、家の中では母が買ってくるカルビーのポテトチップスを食べていた。とは言え、学生のころはそこまでポテトチップスが好きなおやつというわけではなく、弟が食べていたらちょっともらっていた程度で、どちらかというと甘いもの、例えばアーモンドチョコレートの方が好きだった。
わたしがポテトチップスを好んでよく食べるようになったのは、高校を卒業して短大の時にバイト先で知り合った今の夫と付き合うようになってからだ。ピザポテトが大好物だ、という夫と当時よく一緒にバイト帰りの公園などで食べた。わたしがピザポテトを食べたのは、夫と一緒に食べたこの時が初めてだったように思う。そこからポテトチップスをよく食べるようになった。ポテトチップスが自分の好きなお菓子に入り込んだきっかけだ。ちなみに、今ではわたしはピザポテトは味の濃さや辛さが気になり食べられなくなってしまったけれど、夫は今でも年に1、2回は食べている。
さて、この本はどうやってポテトチップスが日本人の国民食として成長していったのかを追った一冊で、世界史におけるポテトチップスの成り立ち、それが日本国内で生産されるまで、さらには湖池屋、カルビーの登場、などがわかりやすくかつ詳しく書かれていて、とても興味深かった。
わたしは、年に何度か「あああ、ポテトチップスが食べたい!!!」と、発狂してしまうのだが(大袈裟に聞こえるかも知れないが、本当だ)そんな時は決まってうすしおが食べたくなる。そんな自分のためのご褒美として買うポテトチップスは決まって、フラ印のアメリカンポテトチップスのうすしお味か、セブンイレブンの石垣の塩味の厚切りポテトチップスだ。(ちなみにこのフラ印のアメリカンポテトチップスの歴史についても詳しく書いていて読みごたえがあった)
カルビーも湖池屋も、プリングルスもレイズもケトルも、ローソンもファミマも、あらゆるうすしおのポテトチップスを食べたきたけれど、わたしがポテトチップスを欲する時にあたまに浮かぶのはこのフラ印かセブンイレブンの2種類。ただ、チップスター(成形ポテトチップスと言うらしい)だけはなぜかコンソメを好む。この、今では当たり前に食べている「コンソメ味」の成り立ちも、本を読んで初めて確かになんでコンソメなんだろうと考えた。コンソメに辿りついた日本のポテトチップス。よく考えると味の大発明である。
そんなわたしの好みはさておき、ここに連ねた各社のポテトチップスの遍歴がこの本にはまとめれていて、日本人の舌や時代の流れに合わせていかにポテトチップスが進化していったのかがよくわかる。家族構成や、食卓の変化に合わせて、国民食とも呼ばれる地位を確立した経過が、大変おもしろい。
なぜか時々むしょうに食べたくなるポテトチップス。その謎についてもこの本では解明されていて、なるほどなるほど、と思いながら読んだ。そういえば、息子(13)が当時1歳になったころ、どうしても我慢できなくて息子がおもちゃに夢中になっている間、キッチンのカウンターに隠れながらポテトチップスを食べたことがある(もちろんうすしお味)あの時、きっとわたしは疲れやストレスや不安でいっぱいいいっぱいだったのだろう。知らないうちに、ポテトチップスの油と食感と味に救われていたのだな、と思った。
わたしは買いやすいこともあり、スーパーでカルビーのうすしお味を手に取ることが多いが、この本を読んで断然湖池屋のプライドポテトを食べたくなった。家から近いスーパーには売ってなかったので、イオンにまで足を延ばして買ってきた。

プライドポテト、ただのダジャレだと思っていたけれど開発までの道を知ると「プライド」という言葉に胸が熱くなる。
最後に、この本を読んでポテトチップスと自分の記憶を思い返していたら、高校1年生の時のバレンタインにチョコを渡した男の子から、ホワイトデーの夜21時前に突然電話がかかってきたことを思い出した。チョコを渡してから1ヶ月、何の反応もなかったのに、である。その時「今なにしてた?」と言われ「ポテトチップス食べてた」と正直に答えたら「くくく...太るで?」と、笑いながら電話越しで言われてすごく照れた。当時好きだった男の子が漏らした笑い声を、今、耳のそばで聞いているのはわたしだけだ、と嬉しかったし、わざわざホワイトデーに電話をくれるなんて律儀な人だな、と思った。余談だがその時部屋でミスチルの「花」という歌を聴いていたので、いまだにその歌を耳にするとこのことを思い出す。
残念ながらその男の子とはうまく行かなかったけれど、甘酸っぱさにほんの少しポテトチップスの油が混ざった、わたしの大切な思い出である。