この前のある金曜日の夕方、わたしは怒りに震えながら、ATMの列に並んでいた。
怒りの原因は息子たちだ。
その日、息子(13)がテーブルの上にカルピスを出しっぱなしだったので「カルピス、冷蔵庫になおしなさいよ」と言ったら、それに対して返事もせず弟になおせと命じた。いやいや、飲んだのは自分やろ?と言うと、弟も一口飲んだと言う。さらになんで自分ばっかりに命令すんの?と怒ってくる。自分が飲んだものをなおすことが命令だと?逆ギレもいいところだ。
冬休みにかわいいちゃんが戻ってきたはずの息子(13)はここ最近かわいいちゃんとトゲトゲくんの狭間を行ったり来たりしている。日々の生活の中でその他諸々の息子(13)の言動に思うところがあったわたしは「こんな些細なことがそんなに面倒なら、もうお母さんがなおすわ」と言って冷蔵庫に手荒にカルピスをしまった。
その数十分後、今度は息子(9)が「きょうはしゅくだいをしたくない」と、言い出した。その日は金曜日だったので、土日にすれば構わない話だが、ここのところ息子(9)は嫌なことを全て後回しにする傾向にあり、この数か月は宿題を日曜の晩になって渋々するようになっていた。そのため「最近だらだらすることが多いし、金曜日にパッとやったら?」と言うと、あろうことか息子(9)は舌打ちをした。
「おい、今の舌打ちなんや?」と、わたしが怒ると「おかあさんにしてない」と言い訳をする。「おかあさんにしてなくても、舌打ちすること自体あかんのじゃあああああ」と叫びそうになったが、もうなんだか腹が立ちすぎて、正常を保つための糸がプツンと切れてしまったのを感じたので「おかあさん、買い忘れたものがあるからお買い物行ってくるわ」とだけ言い残し、家を飛び出た。その時わたしは思った。
このまま、家出をしてやろう。携帯のGPSのアプリを消去して、数時間行方をくらましてやろう。もちろん、息子たちの目に余る言動を夫に言えば雷が落ちるだろう。でも「わたし」ではなく「夫」が怖いからちゃんとする、では意味がない。わたしが怒って行動することに意味があると思った。
ああ、もう腹が立つ。どこに姿を消してやろう。今からマクドまで足を伸ばしてやろうか。それかこのまま電車に乗って、駅のそばで漫画喫茶を見つけて夜を明かしてみるのもいい。最近は個室もあるらしいし。そんなことを考えていたら、家出をするにはお財布の中身が心許ないと思い、スーパーのそばにあるATMにできていた列に並んだ。
手が空いてたらお風呂の浴槽を洗ってと頼めば、二人してお互いがやれと言い合ってすぐに行動しない。夫が帰ってくるから玄関の鍵を開けてきて、と頼んでも同じ。この前も外のゴミ箱を洗って蓋を開けて干していたのでそれを閉めてきてと息子(13)に頼んだら、ぶすっとしながら行った。息子(9)も注意をするとすぐにドタバタと物に当たるので叱るとため息をつく時もある。
なぜ!気持ちよく手伝わない!!なぜ!いちいちお互いにやらせようとする!!全てに反抗するんじゃねえ!お風呂もゴミ箱も家族全員が使うものじゃないか!手が空いていたらやれよ!!
あたまのなかはマグマのように怒りで沸き立っていた。ふざけんじゃねえ、ふざけんじゃねえぞ。そのうち、あたまのなかで息子たちの日々の言動を思い返し、わたしの育て方が悪かったのだろうか、と思い始めた。わたしがもっとうまく声をかけて育てていたら、と。やがて原因はわたしにあるのかも知れない、と、だんだん情けなくなって涙がじわじわ出てきた。
突然「◯◯ちゃん?」と声をかけられた。ハッと顔をあげると、散歩部にたまに参加する友人が立っていた。思わず顔が緩む。その時ちょうどATMの列が進み自分の番が来てしまったので、後ろの人に譲り列を離れて「聞いてよー」と息子たちのことを聞いてもらった。「だから、わたしもう家出しようと思うねん」と言ったら、彼女は大笑いして言った。「無理やろ」…うん、まあそうやねんけど。無理やねんけど。
その後も立ち話を続けていたら、彼女もお子さんたちが絶賛反抗期だということがわかった。一緒やん、そうやねん、面倒くさがるやんな?わたしたちの存在ってなに?と、話しているうちに自分でもびっくりするくらい元気が出てきて、やっと正常を保つ糸が繋がったのを感じた。
「わたし、あたまのなかで怒り狂って、なんやったらもう情けなくて泣きそうやってん」と、言うと彼女は「いや、後ろから見たらゆらゆら揺れてご機嫌そうに並んでたで?」と、言われた。
え、わたし揺れてた?
「いつもみたいに、機嫌よくいてるなー、と思った」と言われ、あ、そうなんや、わたし外から見たらそう見えるんや、と思った。もちろん優しい彼女のことなので、怒りと悲しみの淵にいたわたしを思いわざと嘘をついてくれたのかも知れない。でも、ご機嫌に見られたのなら、何よりだ、と思った。
「腹が立つ時は、私も家で怒ってるんやろうなって思えばいいねん」と、彼女が言ってくれた。本当にそうしよう、と思った。同じ町の中で、反抗期の子どもたちに振り回されている友人がいる、と思えば、ずっと心強い。
そして、これからも外からはいつでもご機嫌に見られるようにちゃんと生きようと思った。心の中は燃えたぎっていても、ご機嫌に見えるように過ごしていれば、こうして友人と話して立ち直れるチャンスがまた訪れるかも知れない。
友人と別れ、もうATMの列には戻らず、スーパーに寄って息子たちのためにプリンを買って帰り、家についてから、息子たちを呼び寄せてわたしが怒っていたことを話した。お手伝いをして欲しい時はわたしが助けて欲しい時だから、お互いになすりつけないで。傷つくから無視や舌打ちはしないで。淡々と話すつもりが、涙がぽろぽろ出てきて驚いたが、息子たちの方がもっと驚いていた。息子(9)は舌打ちをしたことを謝ってくれた。息子(13)も「もっと手伝うわ」と言ってくれた。
息子たちの反抗期は寄せては返す波のように弱くなったり強くなったりと、なかなか難しいが、もし、あの時友人に会わなければ、わたしは怒りの矛先を向ける場所を探してさまよいつづけていたかも知れない。同じ町に住む友人に心の底から「ありがとう」と思った。
心の拠り所にしている比叡山のあたま