わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。日々のこと、美味しいものや旅日記、好きな海外ドラマについても書いてます。

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わたしの大切な本屋さんのはなし

 

わたしはその昔まだ学生だったころ、大きな本屋さんでアルバイトをしていたことがある。

今でも当時の店長との面接のことを少しだけ覚えている。店舗の広さの割には狭い事務所で好きな本の話を聞かれた。よしもとばななさんの「キッチン」の中に収録されている短編小説の「ムーンライト・シャドウ」が大好きだったので、その話をしたはずだ。

一通りの話が終わったあと、丸い眼鏡をかけた店長は、座ったままテーブルに両手をつき、一呼吸してから言った。「じゃあ、ここまでお話を聞いてお断りする理由はこちらには何もないので、すぐに働いてください」採用に関しては後日改めて電話で連絡があると思い込んでいたわたしは、その場での”合格発表”が、とても嬉しかった。

 

 

バイトを始めて1か月ほど経った時だっただろうか?

休日の昼間のふっと人が途切れた時間帯「そういえば、この店有線かかってたわ」と、店内に流れるBGMがしっかり耳に入るほど、客足が落ち着いた時に、店内整理からレジに戻ってきた店長に話しかけられた。

「群ようこが好きって言ってたやんな?」

それは、いつかの時に雑談で話したもので、わたしは高校生のころにおばからもらったよしもとばななさんの「キッチン」と、群ようこさんの「アメリカ居すわり一人旅」の文庫本が好きすぎてもう何度も読んでいるという話を、店長がふと思い出したらしい。

「別人「群ようこ」のできるまで」っていう本読んだ?まだやったら読んでみ。しんどくなった時、まだやれる!って思うで」

わたしは、若くて適当に生きていたので、しんどくもなんともなかったが、せっかく薦められたし読みたくなったので、その日のバイト終わりに買って帰った。当時、バイトは全ての本が2割引きで買えるという特権も使ってみたかったのだ。

家に帰って早速読んだら、群ようこさんがエッセイストになるまでの怒涛の濃い日々が綴られていて、あっという間に読み切った。読み終えたあと、群さんが怒って落胆した日々がまるで自分の身に起きたかのように感じた高揚感を覚えている。確かに、力が湧く本だと思った。

次のバイトの日にちょうど店長が出勤していたので、そっと近づき言った。

「群ようこさんの本、読みましたよ」

店長は振り返って目を見開き「ほんまに読んでくれたん?!」と、驚いていた。当時は何をそんなに驚いているのかわからなかったが、当時の店長と同年代になった今なら、あの時店長が驚いた気持ちがよくわかる。自分が薦めた本を若い子が本当に読んでくれたら、それはそれは嬉しい驚きだったのだろう。

レジの合間に一通り感想を喋ったあとに、店長が売り場から一冊の文庫本を持ってきた。

「これは、ほんまに僕が大好きな本やねん」そして、手元の本をレジで2割引きで打って、ポケットからお金を払ってわたしにくれた。「僕からのプレゼントにしといて」

手渡された本は宮本輝さんの「春の夢」だった。当時のわたしは宮本輝さんの本を一冊も読んだことがなかったので、ドキドキしながらページを開いた。

「別人「群ようこ」のできるまで」は、最初に読んでから、何度も何度も読み直したので内容を覚えているが、「春の夢」は店長からもらってから一度しか読んでいないので内容はすっかり忘れてしまったが、当時やはりぐいぐいと惹きこまれてあっという間に読んだことは覚えている。記憶違いかも知れないが、泥くさいような青臭いような、そんなイメージがまだ残っている本だ。そして店長ともやはりレジ前で熱く語ったことも覚えている。

 

 

短大を卒業しても、わたしはフリーターとして本屋でアルバイトを続けた。社員になる道もあったが、わたしは当時イラストレーターになる夢を抱えていたし、それに社員になると夜12時までのシフトに入らなければならず(当時は、女の子のバイトは夜20時までと決められていた)関西にいくつもあった店舗のどこに異動させられるかもわからなかったので、夢を抱くフリーターとしてぬるま湯に浸かり続けた。

そのうち、レジや店内整理だけではなく、文具売り場を任されるようになっていた。でも、どうしても本と携わっていたかったわたしは、店長に頼み続け、ついに文庫の担当をやらせてもらえるようになった。仕入れやフェアも任され、出版社の営業さんと話をさせてもらった。やっている仕事の内容は社員と変わらなかったが、わたしを含めて各売り場を担当していたフリーターが3人いたので、彼らと毎日朝から夕方まで、時に万引き犯と戦いながらも、ああだこうだとお互いの持ち場の品出しを手伝ったり、楽しく働いた。

ある時、会社の上の人が長年の夢だったという喫茶店を系列店として本屋さんの近くにオープンさせることになった。それだけなら良かったが、新しいバイトを雇うより、本屋さんのバイト数名をそこにスライドしたいと言い出し、わたしの名前も挙がっていた。わたしは冗談じゃないと思った。やっと文庫の担当になれたのに、本が好きだから本屋でバイトをしているのに、なんで喫茶店に、と。結局、フリーター仲間1名と、バイトの先輩と後輩の5名ほどが引き抜かれていったが、わたしは本屋に残ることができた。引き抜かれた人たちがそれから本屋さんに戻ってくることはなかった。

あとになって店長が「あの子はだめです」と、喫茶店への引き抜きを断ってくれたと知った。「あの子は本が好きで入ってきてるので、喫茶店はやめたってください」と。わたしは店長のおかげで本屋さんでバイトを続けられていたのだった。

 

 

気がつくと本屋でバイトを始めてもう5年が過ぎていた。

散々お世話になった店長も別の店舗へ異動してしまい、わたしもそろそろ身の振り方を考えないといけない年齢になっていた。いつか結婚して子どもができたとして「おかあさんって何の仕事してたん?」と、聞かれた時に、回転寿司と本屋さんのバイトだけではちょっと浅すぎるではないか。そう思って、本の次に好きだった旅行関係で働くことにした。ホテルの面接を何度か受けて落ちたのち、旅行会社の派遣社員での採用が決まった。

当時の店長にはかなり強く止められた。それはとても嬉しいことだったけれど、わたしが上に書いた理由を話した時「そうか、君の人生はまだまだ続くもんな」と言ったのち「うん、応援するわ。でもあかんかったらいつでも戻っておいで」と、言ってくれた。今思えばこの店長は本好きかどうかは不明だったが、きっと内に熱いものを秘めた人だったのだろう。わたしはかなり人に恵まれていたのだと書いていて思う。

 

 

結局、わたしが転職したその2、3年後、その本屋さんは閉店してしまった。

だからもうこの世にはない本屋さんだけど、わたしにとっての大切な本屋さんと言えば、ここしかない。今思い出しても、売り場は広くて見やすく、置いてある本も担当者の好みがよく出ていたし「何かおもしろい本があるかな?」と行けば、大体何かが見つかるいいお店だった。毎日毎日やってくるお客さんも何人もいたから、やっぱり他の人にとってもいい本屋さんだったのだと思う。

ちなみに本屋さんは閉店してしまったが、もう関係ないかと言われればそうとも言い切れない。なぜかというと、わたしと夫は、その本屋さんのバイト同士で知り合って結婚したからだ。だから、若いころのわたしの記憶にも、付き合い初めのわたしたちの記憶にも、いつも今でもその本屋さんが登場する。

そんなわけで、わたしの心の中には、いつまで経ってもあの本屋さんでの忙しい日々が大切に生きているのだ。

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思い出の二冊

 

今週のお題「本屋さん」