年が明けて、1月8日から書き始めた今年のブログ。
とりあえずは1ヶ月だけ毎日書こうと決めて、毎日書いたあと「よし、1ヶ月毎日更新できたな。次は半年やってみよう」と大きく目標を決めてみた。しかし、昨日も書けず、半年間毎日更新への道のりはなかなか難しい。
だが、何も書くことがないわけではない。ここにきて、息子(13)の課題製作の締切が迫り、わたしの手も駆り出されている状態なのだ。
息子が中学に入学した時、わたしはホッとしたものだった。
小学生のころに通っていた塾では、宿題の丸つけは親に託されていたので、週3の塾通いは息子も大変だったのはもちろん、丸つけ担当だったわたしもそれはそれは忙しかった。その他、テキストのコピーや、テスト対策、お弁当作り、送り迎え、などと日常の家事と共に、とにかく目まぐるしい日々が、小学校卒業とともに終わったからだ。
わたしは息子に言った。「中学校の勉強はお母さんにはもう教えられません。塾が必要なら自分で判断しなさい。あと、学校の課題も自分でしなさい」と。
息子は「わかってる」と返事をして、実際全て自分でスケジュールを組み、テスト対策も課題製作もこなしていた。やれやれ、やっと楽になったわい。そんな風に思いながら、入学後の初めての発表会で他の生徒たちの課題作品を見たわたしは、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けるのである。
それは、同じ中学1年生でも、出来が天と地ほど違ったからだ。
「これ、子どもが作ったの?これ、子どもがまとめたの?」と、驚くくらいに上手に研究資料をまとめていたり、色や形で工夫されていて、息子以外の生徒のほとんどは、まるで大人のプレゼン資料を見ているようだった。その後息子の作品を見ると、家で見た時は「よく、ここまでまとめたね」と思った作品も、他の生徒の中では幼さが全面に出てしまい、サインペンだけで書き連ねられた表は見にくい。
もちろん家で見た時も(もうちょっと色でラインを引いたり工夫をした方が見やすいんじゃない?)と思わなくもなかったが、あえて口は出さなかった。息子に意見を求められたら伝えたこともあるが、それ以外は100%自分で製作しないと意味がないと思っていたからだ。
みんなすごいな...と、声には出さず他の生徒の作品を眺めていると、友人にちょうど会った。友人のお子さんの作品ももちろん素晴らしかったので「上手にまとめてて、読みやすかった。すごいなあ」と、素直に感想を述べると、友人は首を振って言った。「だって、ほとんどわたしがやったもん」
え?親が?と、驚きを隠せないわたしに友人は言った。「息子くんはきっと自分でやったやろ?見たらわかる。ほんまはそうするべきやし、それでこそ課題に意味があるねんけど、1年生はまだ子どもだけでは無理やからね」と。
ちょうどわたしたちの周りには人が途切れていたので、わたしは小声で聞いた。「ほな、これも?この子のも、すごいなあって見てたけど、もしかして...」友人は重くうなづいた「確実に親の手が入ってるな」
そう思ってもう一度周りを見ると、確かに。字だけは子どもの文字だが、レタリングはうますぎたり、イラストがやたらしっかり描かれていたりする。ああ、なるほど、これは親と子の共同作品だったのか...。
そうか、中学に入ったら手を離すべきだと思っていたけれど、これはまだまだ離せないようだ。帰宅して息子に感想を聞くとやはりみんなの作品を見て、自信を失いかけていたので、友人から聞いた話を伝え、これからはわたしたちも一緒に作ろうという話になった。
というわけで、わたしは息子に製作系の課題が出されるたびに手伝っている。息子に指示を仰ぎ、必要な写真を現像し、頼まれたものを調べてコピーして、画材を買いに走り、色画用紙を切り貼りして、久しぶりにボンドも使った。
課題を手伝ってみて感じたが、自分で全て考えて作るわけにもいかないところが、とてもしんどい。わたしの案やデザインも、息子が面倒くさがることもあり、かと言って無理強いするわけにもいかない。わたし主導で製作するのも意味がちがうし、でもより良い物を作りたい。息子との温度差を徐々に縮めていくようにたくさん会話する。
この課題の製作が、息子のためになるように、一緒に考えて息子のアイデアを形にしなければならない。とにかく親の欲を出さないようにバランスをとるのが、難しい。それも、まるで息子が作ったかのように、うますぎず、へたすぎず!
「ここに共同製作者、母って書きたいくらいやわ」と、あの時友人が言っていた言葉が今になって「わかるー!」と身に染みる。ああ、あの素晴らしい作品たちの裏側には、こんなにも大変な苦労があったのだな、と。
そんなわけで、ブログを書く時間ができても、疲れ果ててうとうと寝てしまうし、夜も湯船で何度も眠りかけた。あぶない、あぶない。だが、あともう少し、母はがんばるしかないのだ。