わたしのあたまのなか

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花泥棒

 

母と会った時に聞いた話だが、最近実家の庭の花が盗まれたらしい。

わたしの父は草花を育てるのが趣味で、それはそれは昔から丁寧に世話をしている。団地に住んでいたころもベランダにはカニサボテンを始め鉢植えがたくさんあったし、同じく花を育てるのが大好きだった母方のばあちゃんが亡くなってから受け継いだ植木鉢は、ばあちゃんが育てていたころよりもわさわさのツヤツヤの葉を増やし元気に育ち続けている。

今もわたしたちが実家に行っても、ちょこちょこと何度も庭に出ては、花を見たり、植え込みの木の世話をしたり、または息子たちを庭に呼んでビオトープの中のメダカに餌をやったりと、とにかくマメに手を入れてきれいにしていたし、まだ手が麻痺をしていなかった数年前までは庭に小さな畑も作り、ししとうやきゅうりなどを上手に実らせていた。

(ちなみに、わたしは草花を育てるのが壊滅的に下手で、過去にサボテンも腐らせてしまったほどだ)

 

ところが、最近、一番の見どころを迎えた庭の鉢植えの花たちが、ごっそりと抜かれて盗まれたという。しかも、鉢はそのまま、花だけを引っこ抜かれた。

花の消えた鉢たちは、抜かれたまま土が盛り返し、大変痛々しく、腹が立つやら、悲しいやらで、父はすぐに警察に連絡をしたあと、園芸屋さんで新しい苗を買ってきて植え直した。今のところ再び盗まれてはいないそうだが、警戒はしているという。

花を盗んだ泥棒は、その根が剥きだしの寒々しい花を再び自分の家の庭や鉢に植え直し、愛でるのだろうか?そんな時間に安らぎがあるとは思えないし、盗んだ花を目にするたびに、人の目を気にしてコソコソと盗んだ自分の惨めな姿を思い出して嫌にはならないのか。そして、空っぽの鉢を見た時の人の悲しみや怒りを想像してその盗みの手を止めることはできなかったのだろうか?

いや、きっと、そんな花泥棒のような身勝手な軽い頭と狭い心では罪悪感すら感じないのだから、恥知らずな行動が取れたのだ。

 

わたしとしては、そんな罪人が平気な顔して歩く地域に大変恐怖を感じ、花の次は家の物を盗まれるかも知れないのでは?と、思ったので、窓につける補助鍵を購入して、実家に持って行くことにした。対策として防犯カメラや警報器など他に出来ることがないか調べている最中である。大袈裟かも知れないが、花とはいえ人のものを盗む輩だ。一体何を考えているか理解すら出来ない。

 

父はわたしたちがいくら口うるさく言ってもなかなか病院に行かなかったため、自業自得とは言え、数年前の病気が原因で手に麻痺が残ってしまった。昔とは違い、自由の利かなくなった手で、美しく彩られるまで育てた花を盗み、ささやかな趣味の庭いじりの時間から安心をも奪った花泥棒が、わたしはどうしても許せない。

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時々父から送られてくる

「月下美人が咲きました」の写真より