わたしのあたまのなか

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年賀状じまい

 

小学生のころからずっと出してきた年賀状を今回で最後にすることにした。

以前から長年会っていない友人への一言を書くのになんて書こう?と悩むたびに「これっている?」とは考えてはいたのだ。しかし、なにぶんやや中身が古い人間なので、年賀状をやめるという決心がなかなか着かなかった。

ところが、2、3年前からパラパラと「今年で最後にさせていただきます」というはがきが届いたり、年賀状を送った相手からLINEで返信があったり、宛先不明で返ってきたり、あとは、郵便料金が上がったことにも背中を押されて、ついに先ほど全ての年賀状に今までのお礼と今年で最後にする旨を書き終わった。これで、わたしの年賀状じまいがついに完了した。

来年のことを言うと鬼が笑うと言うけれど、来年の今ごろ、さっぱりとした気持ちになっているだろうか。それとも少しだけさみしい気持ちになっているのだろうか?

 

さて、実はわたしがこれまで年賀状を送っている友人の中で電話番号を知っているのは、ほんの数人だけ。住所は知っているけど、電話番号は変わっていたりして繋がりようがないので、こうして年賀状を送るのを止めれば、この先もう二度と連絡を取ることはないだろう。

それでも、いいか、と思った。

長年会っていなくても、年賀状の写真で友人のお子さんの成長を見せてもらうのは楽しかったし、わたしが「またいつか会えたらいいね」と書くのと同じように、「今年こそ会おうね」と、ここ何年もずっとずっと書いてくれていた友人もいた。

本当に会おうよ!と、手紙を書いて連絡先を交換すれば会えたかも知れないけれど、会ってもあの涙が出るほど笑い転げた中学生のころにはもう戻れないから、お互いに連絡をしなかったのかも知れない。思い出は新しく作ることなく、ずっと楽しかったあのころのままで置いておくのもいい。

 

ただ、一人だけ、昔旅行会社で働いていた時の先輩にだけは、ご挨拶の他にどうしても伝えたいことがあって長々と書いてしまった。

当時の北新地近くのわりと殺伐とした職場の中で、彼女はいつも柔らかく美しく優しい人だった。善人という言葉のまま生きている、そんな人だった。

「とてつもない美人だ!」と、びっくりしたのが最初の印象だったし、普段はしっかりしているのに、初めての一人暮らしを始める時にコーヒーメーカーだけを買って臨み、朝起きて「コーヒーに入れる牛乳がない!あ、そうか、冷蔵庫がないからか!あ、洗濯機もない!」と、やっと気づいたと当時を知る別の先輩が笑って教えてくれたくらい、天然なところもあった。

とにかく、そこにいるだけで華があって周りの空気も和らげてくれる憧れの人だった。

わたしが結婚のために退職をして、結婚式の二次会には職場のみんなにも来てもらい、大阪から京都に引っ越しをして、やっと落ち着いてからお礼のメールを送った時だった。

彼女から返ってきた言葉の中に「わたしは〇〇ちゃんのこと、いつも武士のようにまっすぐな人だと思って尊敬していました。一緒に働けて本当に楽しかった」と、書かれていた。わたしはびっくりしたあとに嬉しい気持ちが込み上げてきて、何度も何度もそのメールを読み返した。

武士のようにまっすぐな人

今までわたしのことをそんな風に例えた人は一人もいなかった。もちろん、自分でも自分のことをそう思ったことなんてなかった。

彼女は、一体わたしのどこを見てそう思ってくれたのだろう。でも、きっと、少なくとも彼女の前でだけは、わたしはしっかりしていたのかも知れないと思った。わたしが彼女のことを善人と思い好意を抱いていたのと同じように、彼女もまたわたしのことをいつからか評価してくれていたんだな、と思うと、またさらに嬉しかった。

もしかしたらそれは、彼女なりの結婚のお祝いの言葉でお世辞だったのかも知れない。けれど、もう17年も前のことだけど、わたしはずっといただいたその言葉を心のお守りにして今日まで生きてきたし、また、言われた通りまっすぐに生きようと自分の軸として大切に思ってきたし、これからもこの言葉は忘れない。

だから彼女への年賀状にこう書いた。

「もうお忘れだと思いますが、いただいたお言葉を今日までずっと心の支えにしてきました。またいつかお会いできたら、お声がけさせてください。いつまでもお元気で。では、また」

 

これで、彼女との年に一度のやりとりは一旦途切れてしまうけれど、何を連絡していいのかわからないLINEのIDを書くより、ずっと心は繋がり続けるような気がした。