わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。日々のこと、美味しいものや旅日記、好きな海外ドラマについても書いてます。

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日々のつぶやき・21

 

夏の眉のおはなし

 

わたしは普段ドラッグストアで手に入るメイク用品類で生きている。というのも、ちゃんとお化粧を始めたのが息子(14)が幼稚園に入った時から、という周りとは遅いタイミングだったため、今もまだ何をどうしたらいいのやらあまりわかっていないからだ。

肌が荒れずに簡単に手に入る物ならそれでヨシ、と特にこだわりなく毎日のメイクをしていたのだった。

 

さて、わたしはここ数年眉を100均で手に入るアイブロウパウダーで描いていた。描きやすいし色が気に入っていたのだけど、夏になると顔に大汗をかくわたしは、描いたはずの眉が消えているのが気になってはいた。

とは言え、わたしは眉毛が無いわけではないので消えても問題ないのだけど、自分の眉の形で気に入らない箇所を描き足していたため消えてしまうと鏡を見るたびに「うーん」とモヤモヤしていたのである。

もう何年もこの「うーん」を繰り返していたのだけれど、やっと重い腰をあげて消えないアイブロウパウダーとやらを調べて、口コミのよかった1300円のアイブロウパウダーを購入することにした。

おそらく1300円のアイブロウパウダーも数あるメイク用品の中ではまだお手頃の値段のものだろうけれど、これまでたった110円で描かれていたわたしの眉からすると、およそ13倍にも格上げされた超高級品だ。

 

ドキドキしながら使った1300円のアイブロウパウダーは、なるほど描き心地が全然ちがう。思ったよりも暗い色だったので、油断すると濃くなってしまう。これはまだ練習が必要だな。なんとか眉を自分の気に入った形に整えていざお仕事へ。いつもならヘトヘトの仕事終わりだけど、この日は家の鏡で眉の具合を確認するのが楽しみでわくわくしていた。

帰宅して鏡を覗きこむ。果たして1300円の眉は、全く消えないかというとそうではなかった。薄く残っている…というかほぼ消えている?話がちがうではないか!いや、もしかしたら、わたしの顔にかく汗の量がすごすぎるだけかも。

 

そんなわけで、とにかく顔と首に大量に汗をかくわたしは、夏の間はイマイチの眉で過ごすしかないらしい。それとも、別の汗に強いアイブロウパウダーを探して試してみるか。

夏の眉の行方に悶々とする毎日だ。

 

 

久しぶりのモーニング

 

我が家は今息子たちが2人揃ってテスト前を迎えている。

もちろんそうなると週末にお出かけ、なーんてことは出来なくなるわけだけど、ずっと家にいても煮詰まってストレスが溜まってしまう。そこで、ある日曜日の早朝、夫が「コメダでモーニングを食べながら勉強しよう」と、息子たちを起こした。息子たちや夫と違って勉強する予定なんて全くないわたしだったけれど、ちゃっかりモーニングはご一緒させていただくことにした。

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日曜日の朝7:30

コメダのモーニングはこれまでに何度か食べているのだけど、わたしはずっと食パン+おぐらあんがお気に入り。ちなみに夫もおぐらあん、息子(14)は食パン+ゆで玉子、息子(11)は食パン+たまごペースト。親であるわたしたちはあんこ好きで、息子たちは卵が好き。でもバターが好きなのは一緒だ。

コメダのテーブルは少し狭めなので、4人でぎゅうぎゅうに座ってモーニングを食べる。熱いカフェオレが起きたての体に沁みる。いつもならミルクティーしか飲まないのだけど、コメダに来たらカフェオレがいい。お昼にお茶をするなら、蜂蜜アイスコーヒーも美味しい。

朝から元気に冷たいクリームソーダを飲んでいた息子(14)が、ソフトクリームをスプーンですくってわたしのトーストにちょこんと載せてくれた。サクサクでまだ温かい食パンに冷たいトロトロのソフトクリームがとびきり美味しい。

今からここで勉強をするだけなのに、場所が家からコメダに変わるだけで息子たちはとても楽しそうだ。

食後は息子たちは勉強を始め、夫は読書録をまとめると言うので、わたしは家から持参した本を読むことにした。

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途中、本に飽きたので雑誌を読んだ

何かとお騒がせな週刊文春を初めて読んだけれど、意外といろんな人の連載があっておもしろいと知った。最近、美容室ではカットしかしなくなったので、雑誌を読む機会が全くなかったけれど、これからはこういう時に読めばいいのだな、と思った。

息子たちは休憩を挟みつつ、しっかり勉強がはかどったようなので…

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9:30ご褒美のシロノワール

ところで、シロノワールもすっかり値上げされていて行くたびに高くなっているように感じる。どこもそうだから仕方ないとは言え、美味しい!よりも、こんなに高かったかなあ?と、まず首をかしげたくなってしまうのが悲しい。

しかも、メニューを見たら、去年の9月に行った時には1000円だった大好きなみそカツパンが、また値上がりして1020円になっていて思わず夫と顔を見合わせてしまった。

なんでも本当に高くなった、と思いながら食べた久しぶりのシロノワールは、熱いデニッシュと冷たいソフトクリームが最高に美味しかった。値上げばかりでしんどいけれど、またいつかこうしてみんなでゆっくりモーニングを食べよう、と息子たちと約束して、コメダを後にしたのだった。

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空飛ぶ粒より小餅

 

先日、夫の父のお墓参りに行くことになった。

前日の金曜日の仕事帰りにスーパーに寄り、お供えするお花を買い、夫の父が大好きだった大阪のお菓子「満月ポン」を探すものの見つからない。何がいいかな?と、仕事中の夫にLINEをしたら「おかきがいい」という返事がすぐに返ってきた。

おかき、おかき…って、これ夫の父のためというより、お供物をあとで食べる気満々の夫のためだよな?と思いつつ、選んだのがこれである。

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粒より小餅

さて、お墓参りに行く土曜日の朝は、すっきり晴れた青空だった。夫の父のお墓は山の中の開けたところにあるので、日当たりがとてもよく気持ちがいい。いつものように、夫の父が大好きだったビールと、お花、それに粒より小餅をお供えして、手を合わせる。

こんなに晴れた日ならさぞかし喉も乾いているだろう、と、お供えものをすぐに下げずにしばらく置くことにしたその時である。「あっ!!」という夫の声に顔を上げると、わたしたちがほんの一瞬目を離したその隙に、どこからかやってきた大きなカラスが粒より小餅をガシッっと足で掴み飛んで行ったのだ。

「俺の粒より小餅ー!!」夫は叫んでカラスを走って追った。けれど、賢く空飛ぶカラスが捕まるわけもなく、すいーっと山の木の向こうに悠々と飛んでいった。雲ひとつない青空に黒いカラスとオレンジの粒より小餅が映える。わーわー言いながら諦めずに墓地の端までカラスを追う夫。

その全てがあまりにも一瞬の出来事で、気づいた時には笑いが止まらなかった。

一体あのカラスはわたしたちから奪った粒より小餅をどうやって食べるつもりなのだろうか。山の緑に囲まれてオレンジの袋はさぞかし映えていることだろう。

夫は、帰宅したら食べようと狙っていた粒より小餅をカラスに奪われてぷんすか怒っていた。それにしても、いつからカラスは狙っていたのか。わたしたちの動向を、どこかの木の上からじっと見てあのオレンジの袋に全集中していたに違いない。全く油断も隙もないとはこのことだ。

お供物を奪われてしまった夫の父も、あの一瞬の出来事に、いつものようにグフッと肩を揺らしながら笑っていることだろう。

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仕事とわらじのはなし

 

また春から学校で仕事をしている。

この冬まで働いていたところとは別の学校で、働かせてもらえることになったのだ。

前とは別の学校ということで、また一から先生方や子どもたちのお名前や、教室の場所などを覚えないといけないし、職員室での勝手もちがうのでまだちょっと大変ではあるけれど、2年目となる今は、何もわからなかった1年目と比べて格段にやりやすく感じている。

昨年は何もわからなくてオロオロしてるうちに終わったことが多かったけれど、今は仕事を探してずっと手を動かしていられるようになったので、時間が過ぎるのがやたらと早い。

 

さて、前とは違う初めての学校なので、わたしのことを知っている人は誰もいない。前の学校の子どもたちのことを思うと、さみしくはあるけれど、それもそれで何のしがらみもなく楽なものだわい、と思っていたら、突然「渡鳥先生!」と声をかけられて飛び上がった。それは、前の学校で何度か授業のお手伝いをさせてもらったことのある先生だった。

見知らぬ人々の中で働くつもりが、一人だけでも自分のことを知ってくれているとなると、なんだか突然気が緩んだ。しかも、前の学校ではそこまでお話をする機会もなかったのに、知っている顔を見た瞬間、とても嬉しくなって思わず2人で手を取り合ってしまった。おそらく先生も、わたしのことを見て気が緩んでくれたのだろうと思うと、嬉しくなった。それ以来、わたしたちはまるで戦友のようにお互いを気にかけるようになっている。

前の学校では、会釈くらいしかしたことがなかったのに、今や手を振り合う仲。全く、わからないものである。

 

さて、昨年は、息子の通う小学校の役員、息子の通う中学校の役員、息子のクラブの役員、そして仕事、と4足のわらじを履いていたわたし

(あれ?よく考えると主婦業も合わせたら、5足だったのでは?)

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昨年度の秋に息子の小学校の役員の任期が終わったのだけど、このたび、やっと息子の中学校の役員もクラブの役員も任期を終えて、今まで何重にも重ねて履いていたわらじをきれいさっぱり脱ぎ捨てることが出来た。

小学校の役員と中学校の役員は、結果的に役員同士でお友達になることができたので「やってよかった」と思うほどいい経験だったけれど、クラブの役員が人間関係も含めて本当に大変で「やらなければよかった」と何度も何度も後悔したほど疲れ果ててしまった。

でも、やっとそれも終わった。

もうLINEに30も40もメッセージが溜まることもないだろう。保護者会というタダ働きの場において、あれもこれもと価値観の異なる保護者から必要以上に要求をされることもないし(じゃあ、お前がやれよ)と、内心怒りながら文面を作ることもない。膨大な資料を遡って調べる必要もないし、土日の昼に突然話し合いが始まることも、もうない。

無事に任期が終わった。最期まできっちりやり遂げた。やっと全ての役員仕事から解放されたのだ!!

 

ただの保護者に戻った今、わたしは今大変身軽な気持ちでいる。

小学校、中学校と共に経験した役員仕事は、この先のわたしにとって役に立つかどうか正直なところわからないけれど、息子たちがお世話になっている学校に少しでも恩返しが出来たのならそれはそれでよかったのだろうし、役員を通じて新しい友人と出会えたことは財産になった。

ただ、役員をしている間は、本当に面倒なことが次から次に起こって疲れてしまったので、数年の間は絶対に保護者役員はやらないと決めている。今後、友人に「一緒にやろう」とどんなに頼まれても、息子たちの担任の先生に頼まれたとしても「嫌だ」と、断らせてもらう。

それくらいは許されるほど、役員をやっている間はわたしにとっても家族にとっても激動の日々だったし、役員をやったからこそ、口だけ出すややこしい保護者がどこにでもいることが分かってしまったからだ。

というわけで、わたしは次の役員さんたちに「これはタダ働きなんだから、ほどほどに、適当にね」と、念押しした。責任感に潰されないように、うまくこき使われないように、と。

そして、自分は、口だけ出す保護者には絶対にならねえぞ、と固く心に誓ったのだった。

鶏まみれ

 

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以前、友人と京都の丸太町を散策した時のこと。

「この本屋さんに入ってみていいですか?」と言う友人と共に入ったその小さな本屋さんは、あらゆるジャンルの知らない作家さんの本が並び、まるで本のセレクトショップのようだった。所狭しと本が並ぶ店内の目立つ面出しの棚に、その本はあった。

「大変なものを読まされてしまった」という帯の一文と、少し異様な雰囲気を放つ表紙に惹かれて思わず手に取る。

鶏まみれ

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https://item.rakuten.co.jp/book/18500608/

養鶏、ニワトリの内臓、などと言った言葉がページを開くと目に入ってきた。「これは一体どういう本なのだ?」と疑問が浮かぶ。読みたい。これを読んでみたい。知らない作家さんだったけど興味がムクムクと湧いてきた。

けれど、この時、友人とランチをしたあとのわたしのお財布の中には3000円しかなかった。本のお値段は2420円。もし、このあと雰囲気のいい喫茶店を見つけてお茶をしましょうという流れになった時、残り580円ではお店によってはコーヒーも飲めないかも知れない。

そんなわけで、今すぐこの本を買いたい気持ちをグッと押さえて書名を携帯のメモに残してその本屋さんをあとにした。「いつかあの本を読むぞ」と、忘れないように。

 

さて、友人との丸太町散策から1週間後、わたしの手の中には念願の「鶏まみれ」があった。わくわくしながらページをめくる。この本を読んでわたしは初めて繋延あづささんという方を知った。どうやら、これまでに何冊か出版されていて前作の「山と獣と肉と皮」では、刺激的な表紙が物議を醸したらしい。

 

この「鶏まみれ」は、リストラで失業したご主人が「養鶏しようかな」と言い出したことから始まる。元々ご長男が小6のころからお小遣い稼ぎに卵を売るために庭でニワトリを飼っていたので(その様子も本になっていた)ニワトリはごく身近な存在ではあった。卵を採り、親鳥は絞めて家族で美味しくいただく。餌となるため、野菜の切れ端やイノシシの端肉などの生ごみとして捨てるものは減り、小さな循環がごく自然に庭先養鶏として成り立っていた。

けれど、それを養鶏として生業にしてやるには、大きな決断が必要だった。簡単に言えばこれまでの庭先養鶏のような自分たちのための小さな循環とは違って、養鶏とは生き物の命を利用する仕事だからだ。それも、その仕事で生きていくためには、これまでに飼っていたニワトリよりもはるかに多くのヒヨコの数がいる。

悩んだ結果、養鶏で卵だけを売るのではなく、これまでのように卵を採り、親鶏もいただくような庭先養鶏の拡大版はできないだろうか、という考えに辿り着く。

 

ところが、調べたところ、鶏を捌いて出荷するには「食鳥処理衛生管理者」という資格が必要であることが判明する。しかも、その資格を取得するには、

①獣医師

②大学や専門学校にて獣医学、または畜産学の課程を卒業する

③食鳥処理衛生管理者の養成施設の課程を修了する

④食鳥処理の業務に3年以上従事し、かつ講習会の課程を修了する

という4つのうちのいずれかが必要であることがわかった。

獣医師でもないし、子育てもしながらフリーで写真家の活動をしている筆者が今から大学に通うのも現実的ではない。しかも、食鳥処理衛生管理者の養成施設はこの時点では開催されていなかったため、④の食鳥処理の業務に3年以上従事するしか道はないことがわかった。

というわけで、この先養鶏業がどうなるかはわからないにしても、食鳥処理衛生管理者の資格がなければ思い描いた養鶏の仕事はできないと考え、食鳥処理の仕事を始めることにしたのだった。

 

 

およそ3年10か月に及ぶ、養鶏場にまつわる日々は、まさに「鶏まみれ」だった。

食鳥処理、という単語を恥ずかしながらわたしはこの本で初めて知った。普段スーパーでお買い物をする時に、食べている鶏肉がどうやってパックに詰められているか、なんて考えることもなかった。もちろん、鶏が殺されて羽をむしられモモ肉や胸肉になっている、だからこそもったいないことはせずにちゃんと残さず食べる、ということまでは意識しているけれど、その過程がどのようになっているかなんて見たことも聞いたこともなかった。

いや、見ようとも聞こうともしてこなかったのかも知れない。

ずらりと並ぶ逆さまに吊られたニワトリたち。それらの首を手作業で切り、血を流し、お湯につけて羽をとり、尻切りをして内臓を取り出す。文字にしてみても大層なことだけれど、このようなことが、外に匂いが漏れないように熱気のこもった工場の中で毎日熟練した人々の手で行われているから、わたしたちはつやつやの薄桃色の安心安全な鶏肉をいつでも買えて食べることができている。

そんな当たり前のことを、この本では上からでも下からでもなく、真正面から見たもの、そこで出会った人々の姿を、臨場感溢れる言葉と気持ちの入った感情のある言葉で描かれていて、ほぼ最低賃金だという「みんなの食べる肉を支える仕事」の凄さを伝えてくれていた。

しかも、著者の目指すものはもっと先にある。

自分たちで養鶏という仕事をするために、鶏舎を作り、ヒヨコを仕入れて育てて、卵を販売するルートを開拓する。それらとさらに写真家という仕事と子育てまで同時進行でするという日々。

そして、生き物の命を利用することへの葛藤、養鶏という仕事の奥深さ、商売をすることの難しさなどなど、調べて考えて自ら動いて進めなければならないことは山ほどある。その日々は、想像するだけで目が回るほどに忙しく、あたまのなかは常にフル回転だったのではないかなと思うと、普段ぼーっと生きている自分と同じ24時間で本の中の出来事が進行されたということが信じられないほどだった。

また、作中に様々な本の情報が出てくるのも大変読み応えがあり、わたしはこの本から派生していろんな世界に興味を持つことができた。

 

命をいただく、ということはこういうことだ、と考えさせられた一冊。

知らないまま食べることと、知ってから食べることは、わたしにとってまた違うものになったと思った。もちろん、だからこそ鶏肉に限らずお肉を食べない、という選択もあるだろうし、知らないまま食べる、というのもまたひとつの選択であるだろう。

ただ、わたし自身はこの本を読むことができて本当によかったと思っているし、帯に書いていた「大変なものを読まされてしまった」という一言は、まさしくその通りだなあという読後感だった。厚みのある本だけれど、途中で緊張感が途切れることなく話がまとまって分かりやすく素晴らしい読み応えのある一冊だった。

 

 

ちなみに、最初に書いた丸太町を散策した友人とは結局喫茶店には入らずに、暑い日だったのでコンビニでアイスを買って、京都市役所の屋上テラスのベンチに座って景色を眺めながら一緒に食べた。

大人になってからも風に吹かれながら友達とアイスを食べることができるなんて、とても嬉しかったし、わたしにとって忘れられない一冊と出会えていい一日であった。

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丸太町から見た鴨川