わたしのあたまのなか

わたしのあたまのなかの言葉を書きたい時に書く場所。日々のこと、美味しいものや旅日記、好きな海外ドラマについても書いてます。

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日々のつぶやき・19

 

年末に立ち漕ぎ

 

年の瀬にまた歯茎が腫れてしまい、このままじゃ年末年始何も食べられないし痛くてどこにも行けない…と、年内の最終診察日の朝イチに歯医者さんに連絡をしてみたら、なんとか診てもらえることになった。

とりあえず抗生剤を出しましょう、と言ってくださったけれど、わたしは体質的になかなか抗生剤が効かないので多めに出してほしいとお願いしたら、その温厚な歯医者さんは「じゃあ、強いの出しときます?お腹下しちゃいますけど」と、いつもとは違ってニヤリと笑いながら言うので、なんだかその黒いニヤリという笑いにつられて強いお薬をいただくことにした。

ちなみに、お薬を飲んで、1時間経っても2時間経ってもお腹はビクともしなかったので、3時間経ってから一人で自転車に乗ってお買い物に行ったら、帰り道に地獄を見ることになった。年の瀬に猛スピードで自転車を漕いで家に帰る羽目になったものの、歯茎の腫れはおさまったので、あと2日分残っている抗生剤を腹痛に耐えながら飲もうと思っている。

 

年賀状じまいの答え合わせ

 

昨年年賀状じまいをした。

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来年のことを言うと鬼が笑うと言うけれど、来年の今ごろ、さっぱりとした気持ちになっているだろうか。それとも少しだけさみしい気持ちになっているのだろうか?

と、昨年のわたしは書いていたけれど、答えは「さっぱりとした清々しい気持ちになっている」だ。出すか出さないか迷う必要がない、何を書こうか、どんなデザインがいいか考える必要がない。「今年は会えたらいいね」と、いういつもの一言を書くたび「今年も会われへんかったな」と、思うこともない。

古い友人たちが元気でいるだろうか気になるところではあるけれど、きっとそれぞれわたしと同じように疲れがなかなか取れない体を奮い立たせてがんばっていることだろう。お互いがんばりましょうね、と、心の中で友人たちの若かりし頃の顔を思い浮かべることで、もういいような気がした。そんなわけで今のところ年賀状じまいはやってよかったな、と、思っている。

 

わたしの2025

 

さて、今年はわたしにとって特別な年だった。

というのも約15年ぶりに働き始めたからである。

元々手に職もないわたしができることなんて、今の時代のお仕事にはないのかも知れないし、なんなら働かない方が誰にも迷惑をかけずに済むのではないか、などと思っていたけれど、友人からの勧めであれよあれよという間に収まったのは、これまでは自分の息子たちを通してしか縁のなかった「学校」という職場だった。

 

初めは「わたし」という外部から学校にやってきた人間は、教室の中でどう立ち振る舞うべきなのかわからなかった。子どもたちや(本物の)先生たちは、立場上わたしのことを「先生」と呼んでくれるけれど、わたしは先生ではないし、かと言って仕事中で職場であるため普段のように「おばちゃん」と自分のことを認識するのも相応しくない。

そんなわけで、わたしが約15年ぶりに働き始めて一番悩んだことは、人間関係でも仕事内容でもなく、自分自身の軸をしっかりと自分で認識することだった。

 

わたしはわたしでいいのだ、と、ようやく軸を感じることができたのは、働き始めて約4か月が経ったころだった。

同じ仕事をする方とお話をさせていただける機会があり、わたしがいつも心の中でモヤモヤと悩んでいることを口にしたところ、その方はあとからわざわざLINEで答えを下さった。

「わかりますよ、その悩み。でも、この仕事に就いた時点でわたしたちは何かに興味を持って楽しめる性格だと思う。だから、大丈夫、自分の中でしっかり線を引いて子どもたちが楽しんで学ぶ様子を自信に変えていけばいいんですよ」

なるほどな、と思った。そうだ、わたしは「先生」になりたかったわけじゃないし、そう呼ばれるからと言って無理にならなくてもいいんだ。ただただ、子どもたちや先生方のちょっとした役に立てばそれでいいんだな、と、まるで憑き物がスッと落ちたように心が軽くなって、まるで贈り物みたいな出会いに感謝の気持ちでいっぱいになった。

落ち込むこともあるけど、これも貴重な経験だわい、と、今は前向きにがんばろうと思っている。

 

ありがとう2025

 

今年もたくさんの方のブログを通じて「ここ行ってみたい!」「これ食べてみたい!」など、新しい発見をすることができたり、「こんな写真の撮り方してみたいな」「こういう考え方もあるのか」など、刺激を受けたり知識を広げることができて、とてもとても楽しかったです。

また、わたしが書いたブログを読んでくださって本当にありがとうございました。

読んでもらえるだけでも嬉しいのに、読者登録や温かく楽しいコメントやスターやブックマークをいただけると、思わず画面に向かっておじぎをしてしまうほど励みになりました。

ブログという居場所があると、失敗もここに書くことで笑い話にできるので、うじうじと考える時間が少しは短くなったような気がします。逆に、嬉しいこと、楽しいことがあると、ここに書くことでずっと覚えていられるし、さらにそれに反応をしてくださる方がいると、より大切ないい思い出になりました。

ブログがなければ知ることのなかった方たちの日常を一緒に笑わせてもらったり、逆にわたしの失敗を一緒に笑ってもらえたりして、なんだか心強いというか人生おもしろいなあ、と、思っています。

いつも、いつも、ありがとうございます!

来年もよろしくお願いいたします。

それでは皆様、

どうぞよいお年をお迎えください。

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2025最後のたいやき!

散歩部のはなし

 

現在小学4年生の息子が小学1年生の時に始まった散歩部。

始めた時は全員が専業主婦だった。

みんなでいろんなことを話した。いろんな景色を見たし、いろんなパン屋さんを巡った。あらゆるスーパーも開拓したし、あちこち歩いたし、遠足と称して電車に乗って遠出もした。歩いた分しっかりとランチも食べた日もあったし、デザートまで食べた日もあった。

なんなら夏の始まりの暑かった日、どうしても食べたくなってチョコモナカジャンボをみんなで歩きながら食べたこともあった。あの日のチョコモナカジャンボは今までで一番美味しいものだった。

散歩部で相当歩いたはずなのに、体は締まりもしなかったし痩せもしなかったけれど、部員のはなしをお互いにまるで自分のことように笑ったり怒ったり悲しんだりしながら話して聞いて歩く時間は、最高に幸せなものだった。

先日、ついに最後の部員の一人の職が無事に決まり、これで散歩部の部員の全員が働くことになった。

 

わたしは、今、心のどこかで散歩部の終わりを感じている。

なぜなら、自分が働くようになってからお休みの日の体のだるさを思い知ったからだ。心はみんなに会いたいしみんなでお散歩したいのだけど、体がどうしてもいうことを聞かない。泥のように眠っていたいし、仕事の日は適当に済ませてしまうお掃除もしたいし、数日分の買い溜めもしておきたい。

始めたころは週に一度の散歩部活動も、最近ではみんなの休みの予定を合わせるのも大変なこともあり、月に一度ほどの活動になってしまった。来年はどうなるだろう。このまま静かに活動を終えてしまうのだろうか。

 

だけど、そんな不安を誰にも言えない。これまでたくさんいろんなことを話してきた部員には、特に一番言えないことだ。

だって、わたしたちが散歩部の活動を始めた時、何より大切にしたルールは「無理をしない」だった。しんどければ休む、雨が降ったらやめる、暑い時、寒い時は歩かない。途中で疲れたら迷わずコースを変えたり電車やバスを使う。そうやってお互いの体の具合を最優先にしてゆるくやってきたからこそ、3年も続いたのだ。

わたしを含む部員の環境がいつか変わることなんて、散歩部の活動を始めた最初から分かっていたことだったし、わたしがさみしいと言ってしまえば心優しい部員のみんなは都合をつけようとしてくれるかも知れない。けれど、それではこれまでみんなでずっと大切に守ってきたルールを破ることになってしまう。

だから、わたしは思った。

無理をせずに会える時に会おう。

無理をせずに歩ける時に歩こう。

このままお散歩ができない月日が過ぎたとしても「散歩部をやめる」と言わなければ、わたしたちは永遠にあの楽しい散歩部の仲間なのだから、と。

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3月の散歩部で撮った桜の蕾

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4月の散歩部で撮った桜の花

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2025クリスマスの記録

 

24日

毎年我が家のクリスマスは、24日にごちそうを食べる。ごちそうと言っても、基本的には、手作りピザ・シャンメリー・手作りケーキの3つがあればいい。しかも、手作りと言ってもピザ生地とスポンジケーキは市販のもの。

ささやかだけど、毎年わあわあ言いながら息子たちと作っていたのだけれど、今年は息子(13)が朝からクラブでその後お友達と遊ぶので夕食前に帰ると言うし、息子(10)は冬期講習のため夕方から夕食前まで不在だ。

息子たちが2人とも日中いないクリスマスなんて初めてなので、なんだか調子が狂ってしまう。そのせいだろうか、朝からお気に入りだったお皿を落として粉々に割ってしまって、クリスマスなのに全然気分が上がらないのであった。

とは言え、お昼ごはんのあと息子(10)と一緒にケーキは作れたので、「今日はパーティーだ」と、そこからちょっとずつ気合が入っていった(ピザの具を作るくらいだけど!)

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息子と作った今年のケーキ

あっ、粉砂糖かけるの忘れてた!

そして、今年のごちそうは、

・ピザ

・フライドポテト(息子たちのリクエスト)

・生ハムでポテトサラダを巻いたもの

・ポテトサラダにブロッコリーをさしたもの

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ピザはてりやきチキン×2枚、プルコギピザ×2枚、トマトソーセージ×1枚の合計5枚!

クラブ帰りの息子(13)は「5枚なんて足りひん」などと言っていたけれど、結局1枚弱残った。(息子はいつも食べる前からお代わりあるん?と言って、結局おなか一杯でお代わりしないということがよくある)トマトソーセージのソースはケチャップにオリーブオイルとバジルを混ぜて塗ったらそれっぽくなったので、来年もそうしよう。

ポテトサラダにチンしたブロッコリーをさしてクリスマスツリーっぽくしようとしたら、どうしても高さが出なくて、まるで北海道名物のマリモみたいになってしまった。やっぱりわたしはこういう飾りつけに対して全くセンスがない。もうこれはどうしようもない。

 

そして、我が家のクリスマスといえば、

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ミラーボール!

年に一度の出番しかないミラーボール。今年はややキコキコと音をたてながら回って輝いていた。年に一度の出番なのだから、どうにかこれからも輝き続けてほしい。

去年は、このクリスマスパーティーの最中にわたしの体に現れた口唇ヘルペスだけど、今年はすでに冬休みに入ってすぐヘルペスを発症していたので、大丈夫だった。いや、これは大丈夫と言っていいのか?ヘルペスは今年結局3回ほどかかってしまったし。

ごちそうを食べてケーキも食べて、今年も無事にクリスマスパーティーができて感謝の気持ちでいっぱいだった。よかった、よかった。

 

25日

朝息子たちが起きてきたら、クリスマスツリーの下に今年もプレゼントがあった。

息子(13)にはリクエスト通りの暖かいアウターが、そして息子(10)にはこちらもリクエスト通りのswith2のソフト「ゼルダ無双 封印戦記」が。

よかったねえ、と微笑ましく見ていたら息子(10)の様子がおかしい。どうしたん?と、尋ねると息子の手には「ゼルダ無双 封印戦記」ではなく「ゼルダ無双 厄災の黙示録」が…!!

ぎゃー!どうやらサンタさんが、間違えてひとつ前に発売していて息子はすでにクリア済のゲームを持ってきてしまったようだ。悲しむというよりも戸惑いを隠せない息子。そりゃそうだ、サンタさんがプレゼントを間違うなんて、ねぇ…。

心優しい息子は「ゼルダ無双が欲しいしか言わんかったからかも知れへんわ。ちゃんと「ゼルダ無双の封印戦記ください」って言ってなかったせいやわ」と、自分を責めるように言うので「いやー、サンタさんもこんな間違いしはるんやなあ」と言いながら「サンタさんもう帰ってしまわはったやろうから、お父さんとお母さんが封印戦記をちゃんと用意するしな」と、声をかけた。息子(13)も苦笑いだった。

お昼ごはんを食べて、息子(13)はお友達と遊びに、夕方からは息子(10)も塾の冬期講習へ。その間にわたしと夫はサンタさんの尻ぬぐいのために家電量販店へ。

無事に息子ご所望の「ゼルダ無双 封印戦記」を手に入れ、帰宅した息子に渡すと「どうやって?厄災の黙示録はどうしたん?」と、聞くので「やっぱりサンタさんの間違いってわりと多いねんって。だから、この時期だけは間違ったプレゼントと交換してくれはるねん」と、説明すると息子はやっと笑顔になった。ホッ。

ちなみに夕方クリスマスケーキが割引になってたら買っちゃおうかなーなんて言いながら夫と見に行ったけれど、そのままのお値段だったので諦めた。昨日、ケーキ食べたしね。

その代わり、息子たちとYouTubeで見て気になっていた松ぼっくりケーキを作った。

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あっ、また粉砂糖忘れてる…!

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